『なかなかできませんね……子供……』
障子にもたれて庭を眺めていた君が、ぽつりと小さく呟いた――
残念そうな物言いに、ふいに不安を覚えて振り返って見ると、思い詰めて苦しんでいるというわけではないようで……心底ほっとした。
だけども生気のない表情で、ぼんやりと焦点が定まらない。まさに「心ここに有らず」といった体が私の胸を締め付ける。
そのことで彼女に責任を感じさせてしまうのは本意ではない。
仮に責任があるとしたら、その半分は私にある。
だが理不尽にも、周囲から責められるのは妻であることが多い。
親族に限らず、友人にも、使用人にも、
そのことには触れてくれるなと伝えてはいるものの、
私の目の届かぬ場所での効力はあまり期待できない……
誰ぞ口にせずとも、
態度にだして訴えかける者があるかもしれない……
守りきれてないかもしれない不安が付きまとう。
傷ついて欲しくなかった。
自分を責めるようなことはして欲しくなかった。
ちひろがいれば、私はそれで幸せだった……
*
「授かり物だからね……思惑通りにはいかないものだよ」
『このまま、ずーっと授からなかったら……どうしますか?』
「そうだね……いずれ養子を組むだろうね。家の存続のために、余所でも当たり前にやっていることだからね」
『でも私、できればやっぱり、小五郎さんと私の、二人の子供が欲しいです……』
「それは……私も同じだよ?」
『そうでしょうか・・・』
「おや?もしやちひろは、暗に私の努力が足りないと責めているのかな?」
『ちちち、違いますよ!わたしは、ただ……』
「ただ?」
『家のためとかそういうのじゃなくて……何ていうか……わたしがここに生きた証を残したいと思ったんです……』
『でも、やっぱり許されないことなのかもしれません。この時代の人間じゃないから、だから子供も授からない……』
『本当は、ココに居ること自体が間違ってるのかも・・・』
(小五郎さんは……歴史に名を刻むような人なのに。わたしには、残せるものが…何にもない……)
*
子供を欲しがっているのは分かっていたが、
その裏にこのような考えがあったとは知らなかった。
私はなにを見てきたのだろう……
ちひろは、自分のことを時代の異端児だとでも感じているのだろうか?
私が彼女を思う気持ち、彼女が私を思う気持ち……
共に過ごした日々、二人で歩んで来た道……
それだけでは、ちひろの生きた証、
生きる支えにはならないのだろうか・・・
突如これまで積み上げてきたもの全てが、傾いて崩れるような……
本当は薄っぺらなものであったかのような……
そんな錯覚に陥ってしまう。
――まさか、そんなはずはない・・・――
2010/12/13 眠気に負けて、超ブツ切り。。
2013.05.06 追記:11年の6月に書いた断編「籠もり唄〜lullaby〜」と同じテーマだけど方向性が違う感じのSS。敢えて言うなら、こっちが明治ver.で、あっちは幕末ver.かな。
そして何故か、陽だまり部屋にあったこっちがシリアスで、月明かり部屋にあった籠もり唄は、どちらかと言えば和み系な気が…
そう言えばこれの格納倉庫は初代裏サイト(密月夜に恋して…)でしたね。だからやや暗めのテーマなのか〜!懐かしいなぁ(笑)41/64