たそがれ


私は少なくともホッとしていたのだ――


彼女が眠っていると分かったとき……何を言ってやれば良いのか分からなかった。

だが、側に居たいと思ったのは事実……


――小言の列挙を一通り終えると、今度は胸に残る蟠り(わだかまり)の正体を、小五郎は咀嚼するように噛み締めていた――


確かめたいのに、知りたくないこと……

尋ねたいのに、口に出せないこと……


「君は、後悔しているのかい?」

だとしたら今からでも遅くはない、帰してやらねば。

しかし……私に彼女を手放すことができるだろうか。


できないかもしれない……

こんなにも当たり前に側に在る、居てくれている今この瞬間も、
ずっと続いてくれと願わずにはいられないのだから。

だが本当に大切な存在なら、彼女の幸せを望むのならば、手放してやるべきだ…

それが彼女の願いであり、その先にあるのが幸福な未来なら、迷ってはいけない。


ここに居たいと言われたが、こうして不安に見舞われる……

その度に止まっていた手を動かして髪を梳く。

膝に乗る小さな頭の重みと温かさ……そうやって感じる君の確かな存在に、心安らぐ。

その繰り返しだった……











心地よい香りに包まれて、程よい温もりを頬に感じて、流れるような、くすぐったい感覚を頭皮に覚えながら……
少しずつ意識を取り戻した頭で、もう少しだけこの幸せに包まれていたいと思ったの。


――でも、なんかチョット様子がおかしいような?――


どうにかこうにか薄目を開けて、
辺りを探れば思っていたより薄暗い……


――あれ?――


確か縁側で、眩しくて、ポカポカで、床板で……

でも今は畳が広がっている。


『ぁれ?』

今度はシッカリと言葉を発した。


「おや、目が覚めたかい?」

ものっ凄い近くで発せられた声に、私は心底ビックリして、思わず肩が跳ねた。
半身を翻せば、なんと真上には小五郎さんの姿がある……


「おはよう。よく眠っていたね」

『なっ…な! えぇー!!?』

キラリと輝くような笑顔の彼にも驚きつつ、私はガバリと起き上がった。

起き上がって改めて気付く、私は今の今まで横になって眠っていたのだ。
しかも、小五郎さんの膝を枕にして……!


――どどど、どうしてこんなことに!――

『ご・ごめんなさい!私っ、あの……なんでこんなっ…ス、スイマセン!!』

謝りながら、私は現状を理解しようと必死だった。


「膝の寝心地は良かったかな?」


そう言ってクスリと笑う小五郎さんは、もしかしたら私をからかう目的で言ったのかもしれない……
(ね、寝顔みられた!間近で!しかも膝枕って…なんで?いつから!?)
だけど私の方は混乱と恥ずかしさでそれどころじゃなくて……ほとんど無意識に返答した。


『えっ?は、はい!それはもう抜群に……あったかくて、いい匂いで…って』

――やだもぅ、私なに言ってんの!?――

『お、お日様が!!スゴく気持ち良かったんでつい……』

――落ち着け……落ち着け私!――











慌てふためき必死に謝る彼女に、貸した膝の感想を求めるなど……
少々悪戯が過ぎたかと思いつつ、そんな取り乱した姿もまた愛しく見えるのだから困りものだ。


『縁側で寝ちゃってたと思ったんですけど……まさか小五郎さんが運んで下さったんですか?』

パタパタと身なりや髪を整えながら、
落ち着きを取り戻してきた彼女が私に向き合って問いかけた。


「ああ、そうだよ。よく眠っていたし、あのまま外にいて、暮れ方の風に晒されては身体に触るからね……部屋に運ばせてもらったよ。それにしても……もう少し気を付けてもらわないと困るかな。
ちひろさんにとっては勿論のこと、私にも大事な身体なのですから……風邪でも引いたら大変でしょう?」

『す・すみません……』

「そもそも、貴女は立派に女性なのですから……はしたないとまでは言いません、しかしあのように人通りのある場所で眠ってしまうのは如何なものでしょう?
ちひろさんの活発さは私としても好ましいものであるのは確かですが、時に慎みを持って行動することも大切かと。
今回はたまたま最初に通り掛かったのが、私だったから良かったものの……
晋作や他の者だったらどうなっていたことか、考えてもごらんなさい……わかるだろう?」

『え・えーと……』


矢継ぎ早に問う私を戸惑いがちに彼女が見る。

二、三の小言で済ませるつもりが……
気がつけばどうにも収まらなくなっていた。







――どうしよう、始まっちゃったみたい・・・――


もしも通りかかったのが別の人だったら、どうなっていたのか……
分からない私に代わって、小五郎さんの憶測と講義が繰り広げられてゆく。


――こうなった小五郎さんは、
とどまることを知らない・・・――


面倒や心配をかけてしまったのは私なんだから、
覚悟を決めて聞き入れるべきなんだろうけど……

既に何度か経験済みのこのパターン……
いよいよ打開策を模索し始めてしまう私だった。


話の流れが私の失態から逸れて、女であるが故の危険性と可能性……
自覚云々の話になったとき、私は思いきって切り出してみた……!


『あ、あのっ!!』

「ん?」


ほんの少しだけ怒ったような、驚いたような顔をした小五郎さんに、私は気になっていたことを聞いてみる。


『あのっ、さっき…私が寝てる時……小五郎さん、質問しませんでしたか?後悔がなんとかって……』

「………っ!」

『私の勘違いでしょうか?』

「それは……」

珍しく歯切れの悪い小五郎さん。
何かマズいことでも聞いてしまったのかも……

でもコレで話の腰は折れたのだと思うと、
少しの罪悪感にホッとする気持ちが注がれて入り混じった。











――まさか…聞こえていたとは――


ここまできたのだから、きちんと尋ねるべきだろうか……

覚悟を決めた私は、居住まいを正し、彼女と向き合った。


――ふぅ…――


「ちひろさんは、後悔していないかい?ここに残ると決めたことを……」

『え……』

「もしも帰りたいと願うなら、私は止めないよ……」

『そんな、私は……』


その先の言葉を聞くことに、こんなに恐れを抱くとは……

まるで自分が自分でなくなるような虚無に返る思いで、
私は息を殺し、ただただ彼女の出方を見ていた。


『私は……』


吟味するかのように考えを巡らせていた彼女の顔が、
だんだんと俯いてゆき、ついには見えなくなってしまった……
ともすれば悪い予感しかせず、
私は絶望の淵に手を掛ける思いだった。


――なるほど……
こうして思い知る“想い”の深さというものがあるのか。
私は彼女がいなくなったらどうなるだろう……

この痛みと苦しみから逃れる術、今は想像もつかないな――


胸に迫る熱い思いとは裏腹に、私の思考は至って冷静だった。
持って生まれた性質は、そうそう変わらないということらしい……



『ふふふっ…』

――!?――


予想に反して漏らされた笑い声に、
私は目を見張った。


『小五郎さん、そんな心配してたんですか?』

「心配…?」

『私が帰りたいのを我慢してるんじゃないかって、心配してくれてたんですよね?』

「いや、私は……」

『違うんですか?』

――違(タガ)わない事実だが…
 何故だろう、素直に認め難い――

「………」

『大丈夫ですよ…?』


そう言って、はにかむように笑う彼女。
それは私の好きな笑顔だった…


『私、無理なんかしてませんから。それに、あの神社で身体が消えたあと、本当に元居た所に戻るとは限らないですし……そうじゃなくても、帰るつもりありませんから!』

「そうか…君がそれで良いと言うのなら、私達は…」


――違うな――

「私は、これから先も貴女と一緒に過ごせたら嬉しい……だから、ありがとう、ちひろ」



差し込む夕日が彼女を真っ赤に染めていた。



――ポンッ――


いつものように軽く頭を撫でつけて…

私は、いつか必ずこの気持ちを告げることを決意した。












2010/12/12
4000Hitのリクエスト小説で、「桂小五郎story "ひだまり"の続きを…」でした♪
だらだら書いてしまって公開までに約1週間…(;・д・)スイマセン
でも初挑戦のキリリクが桂さんで良かった。。自然に妄想が膨らみました(笑)
リクエストして下さった千嘉さん、ありがとうございます(*^^*)


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