『いいお天気だなぁ…』
わたしは洗濯物を取り込みたたんだ後、そのまま縁側で日向ぼっこをしていた。
小春日和というのがいかにも相応しい日の午後……
ぽかぽか陽気がとにかく気持ちよくて、なんだか眠たくなってくる。
――あ。お日様の匂いがする――
積み重ねた洗濯物の山に少しだけ顔を埋めていると、
そのまま目を閉じてしまいそうだった。
ダメダメと自分に言い聞かせると、チョットだけ……と囁くもう一人の自分。
誘惑に負けては瞼を下ろし、叱りの声に目を開ける。
葛藤のまばたきを繰り返している内に、だんだんと視界はぼやけていった……
小鳥のさえずり、風の音、人の気配。
囁くように響く音や香りを感じながら……吸い込まれてゆくのは夢の国。
その国だけは、いつの時代も変わらない……
誰にでも平等で、時に穏やかに、時に忙しなく、
様々な思い出や、忘れていた出来事、あるいは近未来に、出逢える世界。
*
――あの子は……いったい何をやっているんだ?――
少し身体を動かそうと思い、庭に出ると不可思議な光景に目を見張った…
洗濯物に顔を埋めるようにして背中を丸めて、
見るからに今にも倒れそうなのに、何故か上手く平衡を保っている彼女……
それを寝ながら成し得ているというのだから驚きだ。
――これを不可思議な光景と言わずに何と言えようか――
フツフツと温もりの泡が内に込み上げてきて、ふっと笑い声をこぼしてしまった。
――おかしな子だ……微笑ましくて、まるで子供のようなのに――
なのに時折ものすごい行動力を示し、自ら危険な役を引き受ける。
剣の腕前といい大胆さや潔さ……男に勝るとも劣らない。
――だが、もっと自分を大事にしてくれ――
心の中でそう呟きながら、僕は彼女の隣に腰掛けた。
絶妙とも呼べるこの状況を、敢えて崩すのは忍びないが……
このまま放って置くわけにもいかないわけで、二三呼びかけた。
しかし一向に目を覚ます気配がない。
その様子に小さく溜め息をついて……
今度は肩を掴んで少し揺らしてみることにした。
『……んぅ…』
小さく漏れた声に、ようやく反応があったなとホッしていると……
彼女がとんでもない反応を示した。
*
夢の中でわたしは懐かしい人々に会っていた。
厳しくて優しかった両親、仲良しのカナちゃんと、部活の仲間、クラスメート、先生やコーチ。
ここに来てからまだ半月と経ってないハズなのに、
もう何ヶ月も会ってないかのような懐かしさに襲われる……
――わたし、どうして・・・?――
帰りたいとずっと思っていた場所と、そこに住む人々。
きっとわたしを温かく迎えてくれる……
それを思うと胸がキュッと締めつけてきて苦しくなる。
――ごめんなさい――
わたしはもう、帰れないかもしれない。
ううん……帰らないかもしれない。
ここでのわたしの世界は狭いけど、
その分だけ強く、大切にしたいと思える人達ができた。
彼らは今ここにいて、この時代を懸命に生きている。
そしてわたしも今、ここに居る……
――帰れなくてもいい――
確かにそう思ったこともある。
だから余計に懐かしく感じたのかな?
平和な現代で、面白楽しく安穏と暮らすより、
今の、常に危険と隣り合わせな時代と場所で生きてみたいと思うなんて…
どうかしてる気もするけど、そうさせる何かがあるのだ。
だから、それを確かめたい……
――お父さん、お母さん……
今まで本当にありがとう。親不幸者で、ごめんなさい――
思わず心に叫ぶと、少しだけ淋しい表情を見せたものの
笑顔で頷いてくれた二人に、わたしは思いっきり抱きついた……
*
――何故こんなことに…っ――
僕は今、首にしがみついて離れない彼女に困惑していた。
寝ぼけているのは明らかだったが、
もたれかかってくるその姿に満更悪い気もしなくて……
とりあえず為すがままにしている。
だが、いつ誰が通るかも知れないこの場所……
露呈を恐れる訳ではないが、誤解を生んでしまってはこの子に申し訳ない。
そう思って引き離そうと手を掛けた時、彼女が小さく呟いた……
『お父さん……』
――なっ!??――
言いようのない衝撃を受けた。
――お父さん?…君は、僕を父と間違え抱きついているのか!?――
複雑だった。混乱した。
怒るべきなのか嘆くべきなのか、嬉しいのか悔しいのか……
そんなに僕は父親のような振る舞いをしていたのか?
以前、叱ってくれて嬉しいと言われたことがあったが……
もしかするとそれは、父親のようで嬉しいという意味だったのか?
何とも言えない気分を持て余していると、ふと彼女の頬を伝ってゆく雫に気がついた。
「……………」
その瞬間……
混沌としたものが消え失せ、安穏に変わった。
――今はまだ……それでいい――
君が望むというのなら、
いくらでも代わりを務めよう……
いくらでもこの胸を貸してやる……
そう思った。
2010/12/02
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