『あー…いい天気〜』
私は縁側で洗濯物をたたみながら微睡んでいた。
小春日和というのがいかにも相応しい日の午後…
気持ちよくて気持ちよくて、ついつい手の動きが鈍くなる。
――ね、眠いわ・・・――
いけないと思いつつも少しの間だけ、瞼を閉じて目を休ませた。
眩しい光が和らいで、耳が余計に敏感になる。
雀の声、風の音、遠くに感じる隊士の気配……
木刀の打ち合う響きの中に、誰かが誰かを罵倒する声がある。
――喧嘩でもしてるのかしら…――
そんなことは日常茶飯事な場所だということが分かってからは、気にしないようにしている。
――触らぬ神に祟りなし…巻き込まれるのはもう御免だしね――
以前、隊士間のいざこざに首を突っ込んで面倒なことになった…
話を聞いている内に何故か私に矛先が向いてしまって…正直ワケが分からなかった。
――そういえば、あの時は沖田さんが助けてくれたんだっけ――
混乱を極めた私の隣に急に現れて、
黒いオーラが漂うような、
凄みのある笑顔で隊士を一蹴してしまったのだ。あれには流石に驚いた…
――でも、助けてくれたけど怒ってたんだよね…あの後の沖田さん――
普段は明るく剽軽で取っつき易くて、
甘味の事で少し周りを振り回す、子供好きなお兄さんなのに…
隊務に就く姿は真剣で力強くて、
でも神秘的な何かがあって、怖いくらいに冷徹な目をする…
よく判らない切ない気持ちを抱きながら…私の意識は唐突に途絶えた。
自分でも気付かない内に、
陽の光以外に何も無い穏やかな空間に滑り落ちていた。
*
遠くに見える彼女は、縁側で洗濯物をたたみながら考え事をしているようだった。
巡回の報告を終えたあと、まだ彼女は居るだろうかと思い中庭に寄ると、
先程と変わらず縁側に座っていた。
近寄りながらも観察していると、
手に持つ布地は先程と同じで、尚且つ周りに積まれている物の嵩に変化がないのが見て取れた…
――もしや?――
目の前までやってきて確信した……
――寝ている――
彼女にしては珍しい…
よほど疲れているのだろうかと思った。
それが淋しいような心苦しさを感じさせる。
――貴女は何でも一人で抱え過ぎなんですよ――
もう少し周りを頼ったり、
手抜きをしても誰も咎めないというのに…
朝から晩まで働き詰めな彼女。
どうしてそうも必死なのか……
その理由は、頭では分かっているのだが…
どうにも心が許さない。
受け入れない。
――座ったままでは休めないでしょうに――
僕は彼女の隣に腰かけて、その身体をゆっくりと横たえさせた。
頭を膝上に支えながら、
羽織を脱いで掛けてやると、
僅かに微笑んだように見えた。
普段は感じさせない幼さの残る表情に、
愛しさと切なさを感じながら……
僕は彼女に見入っていた。
――こんな時代のこんな場所で、こんな事をさせていて…
本当にいいのだろうか――
*
浅くて広い光の中を、私は泳ぐでもなく漂っていた…
プカプカと浮かぶ安らぎの中に突然できた一点の小さな黒い穴。
そこから強い光が差し込んできて、
私は眩しくて堪らないのに目を瞑ることができなかった。
遠くにあるのは判っているのに、
手を伸ばせば届きそうで…
やけに重い腕を持ち上げて
私はゆっくりと光を掴み取った…
*
急に手を差し出すものだから、
僕は思わず握り締めてしまった。
――起きたかな?――
瞼を震わせている彼女を見下ろしていると、自分の髪が少し掛かってしまった。
近付き過ぎていたことにハッとして距離を置こうとしたとき…
『やっぱり沖田さんだったんですね…』
ふっと微笑んだ彼女の妖しげな儚さに、
僕は一瞬時が止まったように感じた。
何だか急に見ているのが恥ずかしくなって
目を逸らしていると…
『眩しいくせに黒いから…スグ分かりましたよ』
――はい?――
どうしてか一人納得して満足そうな彼女は、この状況に一言も突っ込みをいれることなく起き上がり、
何事もなかったようにサラリと手を離して、肩に掛かった羽織を僕に差し出す…
そして唖然としている間にも洗濯物を巧いことまとめ上げ、全て抱えて立ち去ってしまった。
『では失礼します』とだけ言い残して……
――僕は一体どうすれば?――
幼さの残る彼女なのに、
手のひらで転がされている気がするのは、気のせいだろうか……
いや、気のせいであって欲しいと思った。
――次は負けませんから…!――
恋愛は勝負じゃないと言ったけど、違うかもしれませんね。
2010/12/01
サイト開設1ケ月記念☆ひだまりPart.336/64