仏蘭西人形


――なんて綺麗な人なんだろう――


私は棚に鎮座して、少し離れた所からその人を、
やや見下ろす形で眺めていた。





たくさんの仲間と共に、可憐な少女に大切にされるのを、
夢に見ていたのは遠い昔のこと。

ある日突然、得体の知れない貿易商に気に入られ、
連れて行かれた船の中。
何日も波に揺られている間、私は彼の独り言を聞かされた。

悪い人ではないようだけど、商売好きで、狡賢いところもあって……
私なんかを買うあたり、やや変わり者のようだった。

彼は外国の、Japonというところに向かっていて、
そこでは私のような人形は珍しいらしく……
きっと高く売れるだろうと呟いていた。

私は売られてしまう。
でもちっとも悲しいなんて思わず、
今度こそ自分を可愛がってくれる少女の元に行きたいと願っていた。



それから、ここでは“ニホン”と呼ばれているこの国の、
布の束と衣服や小物を扱う店に置かれるようになって早数年。

珍しがられ、好奇の目に幾度となく晒されるも、
私を買い求めようとする者は一度もいなかった……

店主は話のネタになる事や、
珍しい物があると評判なるのが嬉しいのか……
私の手入れを怠ることはなくて、置き場所も一等地を恵んでくれていた。

でも、そのせいで余計に
私の周りの黒髪が美しい人形達の態度は冷ややかで、
いつしか誰もに疎外されるようになり……

それは彼女たちが次々に入れ替わっていっても、
当然のように引き継がれていた。


もはや買われることも、
同士に受け入れられることも諦めて……

ただひたすら店主と客のやり取りや、客の容姿や動向を静観する毎日。



そんなある日の出来事だった。





――こんな綺麗な男の人、久しぶりに見たわ――


上背のあるその人は、切れ長の目が印象的で……

なのに瞳は大きくて深みがあり……
不思議な世界観を感じた。

筋の通った鼻に控え目な薄い唇。
優しい口調が穏やかな雰囲気を醸し出す……


――不思議な人…まるで人形みたい――


人形の私がそう思うのだから、相当の変わり種かもしれない。



そしてそれが確信に変わったのは数分後のことだった。


彼は頼んでいた品物を待つ間、店をぐるりと見て回り、
私に目を留めると珍しがる様子はなくて……

ジッと見つめた後に目を少し細めて、ニコリと微笑んだ。


それから支払いの際に言ったのだ……


「あの仏蘭西人形も一緒に包んでくれるかな」


ついに現れた買い手に、店主はとても驚いていたが
たぶん私ほどではなかったと思う……


私の内心は動転していた。
もちろん人形だから顔色を変えることも出来ないけど……

そうこうしている間にも身体を掴まれ、
積もってもいない埃を払われ、
足を伸ばした格好で紙に包まれてゆく……


その際に垣間見たのは、


「幾松の反応が楽しみだな…」


そう楽しそうに呟いた彼の少し緩んだ顔だった。



――あ、さっきよりも優しい――



私は“幾松”という人の元に渡るのだろうか?

それは一体どんな人なのだろう?

あの笑顔の意味は……彼の特別な人?


私は彼を知り、彼の言う“幾松”という人を知りたいと思った。



昔に思い描いていた夢とは違うかもしれない……

でも貿易商に買われた時のような嫌な予感は全くなくて、
楽しみで、ゆるやかに胸を弾ませていた。


――きっと私は幸せになれる――


不思議とそんな気がして、
この人に買われることを早くも神に感謝していた。










2010/11/30
でぃずにーのシンデレラを観ていて思い付いたstory。
「風の行く末」の番外編に当たるかな?小五郎さんが幾松さんと結婚せずとも一緒に暮らしている設定です(^^;)


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