無自覚
桂さんと私が、恋仲と呼ばれるようになって早半月……


剣術に限らず、
話し方も、立ち居振る舞いも洗練されていて、
顔立ちまで美しい桂さん。
少しは彼を見習って精進しなければならないなと、
改めて思ったりしている私がいた。

――恋仲かぁ‥つまりは恋人同士ってことだよね――

だからといって何かが変わるわけもなく……
いつも通りの桂さんが、
私の彼氏なのだという実感が全くと言っていいほど湧かない。
それに、桂さんを疑う訳じゃないけれど……
私のどこに桂さんみたいに完璧な人が惚れる要素があるのかサッパリ分からないし。

お互いに好きだと伝え合って、
恋仲になったのだから名前で呼んで欲しいと言われたけれど、
私は未だに「桂さん」と呼び続けていた。


そして今、隣の部屋の主である彼は外出中らしく……
無人の部屋に周りの生活音が響く。


恋仲になって数日後、
桂さんが“広間も近くて人も呼び易く、何かと便利だから”
自分の隣に部屋を移さないかと提案してきた。
それを快諾した私は、
忙しい桂さんに会える機会が少しでも増えるかもしれないという淡い期待を抱いていた。

最初は変に緊張したりしたけれど、
桂さんに他意があるはずもなくて……
でも、そのおかげで、今は毎日のように朝食前や就寝前に少しお話ができて‥
昼間に会うことが減っていたから余計に嬉しかった。

最近の昼間は、桂さんは部屋で書き物しているか来客中か外出中で、
私は話し合いの邪魔にならないように、
それからお世話になっている身の上として朝食作りだけでなく
藩邸の掃除や庭の手入れを買って出たので、
部屋を空けていることが多かったのだが……

今日は入ったばかりの若い藩士の方が先に庭掃除をしてくれて、
やる事がなくなった私はとりあえず部屋に戻って机に向かい考え事をしている。

どうやったら桂さんに相応しい人になれるのかな。
そもそも相応しい人ってどんな人物像……?

そういえば私は、桂さんがどういう人物に尊敬の念や好感を抱くのか、
どんな振る舞いを魅力的だと感じるのか……なにも知らない。

それに私は、自分のどういった部分が相応しくないと感じているのだろうか……
それを直せば少しは相応しくなるかな?


――私の、桂さんに相応しくない部分、似合わない所――



子供っぽいところ?

直感に頼って突っ走るところとか?

この時代では読み書きもろくに出来ないところとかも相応しくないよね?

それから着付けも下手だし、帯結びのバリエーションも少ない……

化粧もしない見た目も含めて、女性としての品位は欠けてるよね?

言葉遣いもなってないし、ついポロッと外来語を使うウッカリな性格も駄目でしょ?

考えがすぐに顔に出る所も桂さんとは正反対だし‥‥‥


「‥‥なんか、駄目なところ多くない?」


しかも「子供っぽい」って一口に言っても、

仕草や口癖や話し方や振る舞い方とか、
出来事への対処の仕方に物事の考え方とか、
基本的な性格というか気質?・・・けっこう範囲広いよね。


それに後に挙げた他の項目全てが「子供っぽい」の一言で片付くような気がする。



―――そっか……

私がまだ子供だから、大人な桂さんには不釣り合いだと感じたんだ――



それから私は「脱・子供!」という目標を胸に掲げ、
手始めに読み書きの練習でもしようと思い立った。

書き物をしたいので道具を貸して欲しいとお願いして、
お習字セットのような一式包みを受け取る。


―――お習字なんて久しぶり……
小学校以来だから4年ぶりかな?―――


「あ、い、う、え、お、か、き、く、け、こ……」
平仮名を順に書いて、筆を滑らせる感覚を思い出してゆく。

「い、ろ、は、に、ほ、へ、と、ち、り、ぬ、る、を……」
この時代の仮名表はこっちかも‥と、有名な歌を綴った。

「色は匂えど散りぬるを我が世誰ぞ常ならむ‥」
今度は漢字に直して、さっきよりも小さく丁寧に書いてゆく……


古文が大の苦手な私だったけど、いろは歌は好きで暗記していた。
意味はうろ覚えだけど…平仮名を1文字ずつ使うという制約の中で、
こんなにシッカリとした歌を詠むなんて本当にスゴいと思う。


少し筆に慣れてきた私は、楷書を崩して行書っぽく、
更には「草書」を目指して書いてみた。

「う〜ん、イマイチ」

――やっぱり適当に崩してみても上手くはいかないか・・・――

そんな事を考えながら夢中で筆を走らせていると、
背後からよく知る声が降ってきた。










自室へと向う途中、ちひろが部屋にいるのを感じ、
私はこの時間には珍しいと思いながら声を掛けた。

二言三言、声掛けして返事を待つも、
一向に応える気配が無いので不審に思い、戸を開けると・・・
文机に向って懸命に書き物をしている姿が目に入った。

彼女の周りには見慣れない文字が書かれた半紙が幾枚も散りばめられている。

――未来の文字を書いているのだろうか?――

未来の読み書きもそうだが、ちひろが綴る書に興味を持った私は、
こっそりと近づき上から覗き見たところ、慣れ親しんた歌が読み取れた。

「それは、手習い歌かな?」

唐突に声をかけられて、驚いたちひろが筆を止める。

『か・桂さん!?』

驚き、焦りを浮かべたように見えた表情をしたかと思えば、
すぐに笑みへと変わる君が微笑ましくて温かくなる……

「何度も声を掛けたのだけれどね、かなり集中していたようだ。邪魔をしてしまったかな?」

『いえ、そんな全然っ… 気づかなくってごめんなさい。』

「謝る必要は無いさ。それより、見たところイロハ歌を書いていたようだけど…ちひろさんが居た時代でも使われているのだね。驚いたよ」

『あ、そうですね……あいうえお順の方がよく使われてますけど、いろは歌も馴染み深いですね。年配の方なんか特に』

「あいうえお順・・・それも手習い歌の一つなのかい?」

『えーと、歌では無いのですが、手習いが目的の一覧表……だとは思います』

「なるほど。それが之かな?」

私は落ちていた半紙を一枚拾い上げた。
ちひろの書は西洋の其れと同じように横向きに書き進める物で、
書体は幾分変形してはいるものの、どうやら今と大差は無いようだ。

私が半紙を数枚手に取り眺めていると、思い付いたようにちひろが言葉を発した。

『そうだっ、桂さん、今お時間少しありますか?ちょっとお願いしたい事があるんですけど・・・』

「あぁ、構わないよ。私に出来る事なら遠慮なくどうぞ」

このようにちひろに改めてお願い事をされるなど珍しい……
断るはずも無いのにと苦笑する思いを抱きつつ、私は何を頼まれるのだろうかと…期待に胸を弾ませた。

『何でも良いので、この時代の文字のお手本を書いて下さい!やっぱり見本がないと上手く書けないので・・・お願いします。』

「……それは、私に何か歌を詠んで欲しいという事かい?」

『えっ いえ、そういうつもりでは無かったのですが・・・でも桂さんの歌って聞いてみたいかも。お願い、してもいいですか?』

そう言って私を見上げるちひろの瞳が揺れる表情と、小首を傾げる仕草に目が眩み、一瞬固まってしまった。

『桂さん?・・・やっぱり駄目、ですか?』

シュンと縮こまる彼女の姿に慌てて我に返り、顔には出さずに微笑みかけた。

「いや、何を書こうかと考えていたんだ・・・では筆を借りるとしようか」

”どうぞ”と嬉しそうに笑うちひろの隣に腰を下ろし、
少し考え、私は思うままに文ともとれる歌を綴った。

……伝わるだろうか?



――琴の音が 虚しき空に 満ち響き 想い溢れて 行く方もなし――


(空っぽだった私の心、今はちひろで満たされている。溢れる想いの受け入れ場所が、どうか君でありますように。)











私は桂さんが詠んだ歌を読み上げた。

『琴の音が 虚しき空に 満ち響き 想い溢れて 行く方もなし』

たぶん気を使って一字ずつ丁寧に書いてくれたのだろうそれは、
私にも何とか詰まることなく読み上げることができた。

『綺麗な歌ですね。どこからか響き渡った琴の音に想いを寄せている?思い出が溢れてくる……という意味ですか?』

「そうだね・・・」

なんだか少し、残念そうに笑う桂さん。
私はお礼を言って受け取った半紙をもう一度読み返してみる。

『なんとなく、この歌が詠まれているのは月夜の気がしてしまいますね。実際は昼間なのに ”虚しき空”が夜を思わせるのかな…?』

「そうだね、それがちひろさんの言葉を借りれば”ひんと”になるのかもしれないな」
悪戯っぽく微笑んだ桂さんが、珍しく肘を付いて、私をジッと見つめてる・・・

――えーっと、これは何か期待されてる感じ?もしかして別の解釈があるとか!?――

『つ・月夜がヒントですか・・・』

私はしどろもどろになりながらも必死で考える。
――月夜、月の明るい夜、月と夜、月明かり、月……月と言えば桂さん?――

『そっか!もしかしてコレ桂さんの歌ですか?あ…桂さんが詠んだんだから桂さんの歌には違いないんですけど、そうじゃなくって…虚しき空が月夜なら、琴の音が響いているのは桂さんの胸の内で、実際に表で音が鳴り響いているわけではない!とか??』

「うんうん、それから……?」

『えーっと、だから……桂さんはお琴が好き?なんですか??』

「そうだね、とても好きだよ」

『へー・・・そうだったんですかぁ。初めて知りました』

「そんなことは無いはずなんだけれどね?」

ニコニコしながら話す桂さんを見て、私はホッと一安心した。
どうやら正解に辿り着けたらしい・・・が、まだ含みがある様子?

「ちひろさんは琴は好きかい?」

『え?私ですか?私は……まぁ自分の名前に入ってるくらいですし、どちらかと言えば好きな部類ですよ?』

「そうか。ちひろは琴のように美しく響く素直な性格だから、とてもよく似合っているよね」

「まるで琴はちひろを象徴しているようだと思わないかい?」



――え・それって・・・もしかして?―――

急に呼び捨てにされてドギマギしながら、私はようやくもう一つの意味を理解した。

つまり、これって、恋の歌・・・でもあるのかな?
そして多分、というか絶対、琴=私に対する歌、だよね・・・
どうしよう、なんか照れる・・・

『つまり・・・』

「つまり?」

『これは、情感と恋情を詠ったもの……なんですか?』


私はそう言いながら、熱く火照ってくる顔を隠すように俯いた。











顔を真っ赤に染めて俯くちひろに小五郎が呼びかける。


「分ってもらえて嬉しいよ。こういった恋文には慣れてなくてね・・・実はほっとしている。」

『いえ、私の方こそ疎くてスイマセン・・・でも、ありがとうございます。』

「ふふっ……いえいえ、こちらこそ。」


火照った頬を片手で覆いながらちひろが呟く……
その仕草は照れ隠し故なのだが、続く言葉は裏腹だった。


『それにしても、意外でした。私、あんまり桂さんに好かれてる自信がなかったので・・・何と言うか、スゴく…嬉しいです。』


ちひろにとって、それは何気ない一言だったが、その言葉に小五郎は内心激しく動揺していた。
しかし努めて冷静に答える……

「・・・どうして?……何故そんな風に思ったのだろうか」


その抑揚の無い声に一瞬背筋がヒヤッとし、
急に取り巻く空気が冷めた気がして……ちひろはハッと顔を上げる。


『あ……あの、私・・・』

「私は、ちひろを好いている。他の何にも代え難い大切な存在だ。心から愛しいと思っている。それが、信じられないと言うのかい?」

淡々と言葉を発する小五郎の姿にちひろは胸を締め付ける。

『いえ!桂さんが信じられない訳じゃなくてっ、ただ、自分に自信が持てなくて、つい、その、どうして私なんかがって思えてしまって……ごめんなさい。』

「それは、私にも言えたことなんだけれどね…私とて自信に溢れているわけではない。現にちひろは、未だに私を名では呼んでくれぬ。恋仲になったは幻かと思えてしまうよ?」

『そ・そんなっ!私は……私も、小五郎さんのこと大切に思ってます。とても、スゴく、大好きです。これは本当です・・・』


尻すぼみながらも気持ちを真っ直ぐに伝えるちひろの姿を目の前にして、小五郎の内に熱いものが込み上げて……次第に頬を染めてゆく。
そして、またもや俯いてしまったちひろを正面から見据えていた。

二人の間に沈黙が降りるが、それは決して重くない空気であった・・・
そんな中、小五郎は静かに腕を伸ばしてちひろの頬に触れ、ゆっくりと顔を上げるよう促す。


「顔を上げてくれないか?」


そう言って微笑む男につられ、女も微笑み返して見つめ合う・・・

次第に二人は寄り添って、互いの身体を抱き寄せた。
触れ合う温もりに互いの鼓動が重なって、息づかいの聞こえる距離・・・



―――このまま、ずっと、こうしていられたらいいのに…―――

―――温かい・・・このまま、ずっと、こうしていたい…―――



ちひろの手から持っていた半紙がすり抜けて、
二人の腕は互いの背中に添えられ、次第に力が込められていった。






2010/11/09
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