街を抜けて坂を登ると、二人は河原道に出た。

側を流れる小川はいかにも清流といった感じで、
川底の石がよく見える。
日の光が水面を反射して輝く様は鏡のようで、
跳ねる細かな瞬きと広がっては消える波紋と渦が水中の生き物を感じさせた。


――綺麗―――

ちひろは暫し見惚れるように眺め、
ぼんやりと考え事をしながら歩いた。


やや川幅のある浅瀬に出ると、そこには子供達が遊ぶ姿があった。

当たり前だがみんな着物姿で、未だに見慣れぬその光景を
まるで七五三のようだとちひろは思った。

河原に出てからは人通り少なく、武市の歩みはゆったりとしていた。
ちひろはここが散歩道なのかもしれないと思い、その情景を味わう。

賑やかな声が遠ざかると、川の流れる音が耳によく響いて、
そのリズムに合わせるように、規則正しく足音を踏み鳴らした。

時折あった釣り人すらも見かけなくなり……
だいぶ川幅が狭くなったところで、
これまで武市の後姿を追うように歩いていたちひろは、
歩調を早めて武市の隣に並び出た。

窺うように隣を見れば、優しく微笑む武市と目が合う。

それを並んで歩く事の肯定と受けとめたちひろは、
微笑み返して前を見つめ歩いき出した。


――よくよく考えてみれば、これって何だかデートみたい……――

そんな事をのんきに考えていると、
ふいに武市が語りかけた。


「ここは静かでいい……宿に居ると騒がしくていけない」


――それってもしかして、龍馬さん達のことを言ってるのかな?――

彼らの仲の良さを日々目の当たりにしているちひろには、その発言が可笑しかった。
ふふっと笑顔をこぼすと、武市が不思議そうな顔で尋ねた。


「君は騒がしいとは思わないのか?」

ちひろはコクリと頷いた。そして『たのしい』の四文字を紡いだ。


「そうか。だがそれでは考える暇もないだろう……君は、もっと自分のことに専念するべきではないか?」

――自分のこと?――

「いつまでも話せぬままでは困らないか?医者は心意的なものと言っていた……おそらく心の悲鳴が頭を凌駕したのだろう。ならば、頭で心を理解してやることだ。協力は惜しまない……思う存分に考えて悩み、答えを見つけ、心を解放してやりなさい」

――どういうこと?――

「……来なさい」

武市は水際に歩み寄り、草原に腰掛けた。羽織を脱いで隣に敷くと、そこに座るように促す。
ちひろは抵抗を感じるものの、話の続きが気になって、素直に従うことにした。

「君は自分の心に正直かい?向き合えていると思うか?沢山のことが身に降り掛かり、何も感じぬわけがない……きちんと理解してやっているか?一つ一つ思い起こしてみるんだ。原因が、答えが見えてくる……」

――わたしは……――



ちひろは考えあぐねた。

原因ってなに?
声が出なくなった原因は心にあって、
わたしがそれを理解してないから話せなくなっちゃったの?
でも、一つ一つ思い起こすって……いったい何を思い起こせばいいの?

幕末に来て、あの有名な龍馬さん達に助けられて、養ってもらって、
一緒に帰る方法を探してくれてて、みんなと一緒にいると賑やかで楽しくて……

わたしはスゴく恵まれてるのに、不満や悩みなんてあるワケないよ。


そりゃまぁ、時には事件に巻き込まれそうになって、怖かったことはあるけど。


みんな良い人なのに手配されてて、
幕府に……新撰組に命を狙われてて……

でも新撰組の人も本当は優しい人達ばかりで、
必死でで京を守ろうとしてて……


そして寺田屋のみんなも京を、日本を守ろうとしてる。


念い(おもい)は同じなのに殺し合う時代。


考え方が違う“志が違う”というだけで、どうして?


みんな同じ日本人なのに・・・

それぞれに家族や恋人や友達といった大切な人がいるのに・・・



――……あれ?――



ちひろはいつの間にか自分ではなく、みんなの事を考えていることに気付く。

一緒に暮らす内に、大好きになってしまったみんなのことを憂いている。
この先の運命を嘆いているのだ。できることなら助けたい・・・と。


だが未来からきたくせに何もできない、小っぽけな自分。
いくら剣術の心得があっても、この時代では飾りもののようで、
自分の身もろくに守れず、寺田屋の面々には迷惑や心配をかけてばかり。

そう思うと、次第にやるせなさや悔しさ……無力感が募る。




――まるで、出口の見えない道を彷徨ってるみたい……

 自分が元の時代に帰れないことよりも、
 武市さん達が死んじゃうかもしれないことの方が

 きっとずっと辛くて苦しいんだ……


 そして、いつ起こるとも知れない“その時”が恐くてたまらない。

 なにも変えられない、力を貸す事も出来ない自分が腹立たしくて息が詰まる……


 わたし……どうしたらいいの?

 どうすれば楽になれる?―――




“どうしたらいいのか分からない。何も出来ずに、時間だけが過ぎてもどかしい”

その気持ちにようやく気が付いたちひろは、改めて真剣に、懸命に、答えを探す。



しかし そう簡単には解決策を見い出せなかった……




――なにか無いの? 何か、みんなが安全に暮らせる方法はないの?

 なんにも出来ないなんて嫌だよ……このまま成り行き任せにするだけなんて。


 悔しい……なんで何も思い浮かばないの?


 胸の奥が苦しい。何かが詰まってるみたいな異物感がある……



 こんなことなら気付きたく無かったよ……



 ううん、違うな・・・。


 わたしきっと知ってた……

 わざと気付かないようにしてたんだ……わざと見ないようにして、
 自分の気持ちから逃げてた。


 だって、向き合ってしまったら苦しくて動けなくなるから。



 ねぇ、武市さん……


 答え、見つからないの。


 わたし……どうすれば、いいですか?――


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