「ううぅ……むむむむ…?」
こんな所で、こんな意味不明な声を出して…
変な奴だと思わないで聞いて下さい。
なーんか今日は朝から身体の調子が悪いような気がしていたのですけどね……
どんどん頭が痛くなってきちゃって、
首筋から肩にかけて痺れるように痛くて、
歩けば身体がフラフラとしちゃうし、
下腹と腰の辺りがジーン…と重い感じで、
おまけに熱っぽいし、風邪ひいちゃったのかなって思っていたんですけど……
アレでしたよ!アレ!!
「ああああーーーっと……どうしよ?」
トイレに籠って壁に片手をつきながら、項垂れて呟く。
あっ、この時代ではトイレじゃなくて厠(かわや)とか憚り(はばかり)って言うんだっけ?
現代でもたまに言う人いるけど、
他にも「雪隠(せっちん)」とか「手水(ちょうず)」とか、
「お手洗い」とか「洗面所」とか「便所」とか、
女の人だと「化粧室」とか「パウダールーム」も入るのかな……
ほんと…どうでもいいけど、
なんで日本ってトイレの呼称がやたら多いんだろうね??
トイレの呼称がいくつあるのか数えたり…取るに足らないことを考えて、
急に襲ってきた腹痛の波をやり過ごす…。
こんな日に限って女将さんは出かけちゃうし、
まさか中庭で待ってくれている慎ちゃんを呼ぶ訳にもいかないしなぁ〜。
大人な武市さんや龍馬さんにも恥ずかしくて相談なんかできないし。
いくら歳が近いからって、
以蔵に相談しようものなら突き飛ばされる気がする…精神的にも。
だって、確か昔は忌み嫌われていたものなんだよね?
女の人のコレって・・・
どうする?
どうしよう…私かなりのピンチじゃない!?
この時代の女の人達は
どう処理して過ごしているのだろう。
今日この日が来るまで考えてもみなかった……
前もって聞いておけばよかった。
でもまぁ世界的大問題にもなり得る
超常現象を体験して、それどころじゃなかったからな…。
「はぁ…仕方が無い。とりあえずコレを使うしかないか…。」
私は持っていたハンカチタオルを下着に当てる。
「今日が下、はいてる日で良かった…」
合宿用に持ってきた着替えは決して多くない。
2〜3ペアしかない下着を手洗いしては使い回しているのだが、
そう毎日上手くことが運ぶわけもなく…
私は着物姿になる時はこの時代のやり方になるべく倣っている。
郷に入っては郷に従えって言うしね!
それにしても和装美人が実はノーパンだったなんて…
コッチ来て初めて知ったよ私!
まぁ現代では着物姿の人みんなが皆はいてない
ってわけでは無いのだろうけどね・・・
ついでに言えばトイレ…じゃなくて厠には
トイレットペーパーはもちろん、紙の「か」の字も無い。
籌木(ちゅうぎ)と呼ばれる棒状の板が吊ら下がってあるだけ。
これには最初ものっスゴク衝撃を受けたのだけど、だいぶ慣れてきた・・・
いやホントは慣れたくないんだけどさ。
「さて、どうしたものか…。
とりあえず外出は無理だよね…やり過ごせる自信ないし。」
心の中で独り語りをするのは痛みを逃すため…
どうにか腹痛の収まった頃、
何事も無い顔で慎ちゃんの元へと戻る。
お寺探しに付き合ってもらう予定だったけど…
女将さんに頼まれた仕事があるのを思い出したからと丁重にお断りして、
自分の部屋に入った。
――――慎ちゃん、嘘ついてゴメンね。でも半分は本当だから…。
使い古した着物や手拭いで、
台布巾と雑巾を縫い上げるという頼まれ仕事があるにはあるが…
急を要するものではなくて、
外出できない雨の日にでもゆっくりやろうと思っていた。
だから今日は、夕餉の時間まで
ゆっくり休ませてもらおうと思う。
なるべく身動きしないようにして、
下着や着物を汚さないよう意識して、堪えて、
トイレでのみ気を緩めるようにする…うん。
「大丈夫!私なら出来る!!」
そう自分に暗示をかけて、
私は部屋の角に寄りかかりうずくまった。
こうする方がイロイロと安全に思えたから・・・
目を閉じて、
意識が半分ほど遠のいてきた時……
慎ちゃんの声が聞こえた。
「姉さん、ちょっといいッスか?」
――――槙ちゃ・・・ど・ぞ・・・。
頭で返事をするも声にならない。
すると慎ちゃんが再び私を呼ぶ……
「姉さん?大丈夫ッスか?」
「失礼するッス。」という声と同時に、ススス――ッと戸が開く気配がした。
*
姉さん、昨日はあんなに元気だったのに、
今日は朝からボンヤリしていることが多かった。
何か悩んでいるのかもしれず、
ならば寺探しの後に少し街を歩いて
元気づけたかった。
でも姉さんは急に用向きを思い出したとかで、
行くのを止めて部屋に戻った。
俺は、ついさっきまで寺探しに乗り気だった
姉さんの豹変っぷりが気になって、
こうして部屋に押し掛けてしまった。
「姉さん、さっきの………… って、寝てるんスか?」
戸を閉めて部屋の中を振り向けば、
部屋の隅で丸くなって座りながら眠る姉さん。
その猫のような姿に頬が緩み、
一気に顔の緊張が解けたのを感じる。
だが姉さんの顔色は先刻よりも
明らかに青白く、血の気が薄い・・・
もしかして、どこか具合でも悪いのだろうか。
ある日突然、俺たちのいる時代に迷い込み、
右も左も分からなくて、
心細いハズなのに、
常に明るく振る舞い、懸命に宿屋を手伝って、
いつも俺達みんなを和ませてくれている…
姉さんは凄い。
でも、辛い時は頼って欲しい。
俺達に出来ることがあるのなら手伝いたいって…
きっと他のみんなもそう思ってる。
それは高杉さんや大久保さんも例外ではない。
自然と他者を引き付けて味方にするような、
不思議な魅力が姉さんにはあるんだよ。
―――――龍馬さんも確かそんなことを言っていたな・・・。
―――――でもね姉さん。一寸ばかし自分一人で抱え込み過ぎッスよ?
こっそりと姉さんの隣に近づいて、
しばらく寝顔を眺めて…
それから俺は…姉さんをそっと包み込んだ。
―――――なんて柔らかいのだろう。
温かいその身体は、思っていた以上に細くて、
簡単に腕の中に収まる程に小さかった。
それなのに、
自分の背丈とあまり差がないことを気にしていた…俺は馬鹿だ。
姉さんは、
確かに強くて優しい人だけど、
抱えるその手はこんなにも小さくて、儚い存在で……、
きっと、加減を誤れば簡単に壊れてしまう。
女子とはそういうものだと知っていた筈なのに、
彼女に限っては脆くてか弱い部分を認めず、
自分のモノサシでは計れないほど逞しい人のように捉えていた。
でも違った……。
俺は、この人を守りたい・・・
いや必ず守ってみせる。
だから、いつかそれを認めて欲しい。
「もうちょっと頼って下さいね、姉さん?」
小さくそう囁けば
姉さんが薄く微笑んで、
途切れ途切れに俺の名を呼んだ。
たぶん寝言で、姉さんは無意識なんだろうけど…
初めて”ちゃん付け”せずに名を呼んでもらえたことで、言いようの無い喜びが一気に体中を走り抜ける…
―――なんだか俺、熱い……って―――
「なにやってるんだ俺っ!そっ、そろそろ離れよう・・・」
*
スッ スッ スッ スッ――――――― って音がしたなぁ・・・、
畳を擦るような音だったなぁと
頭の隅で思っていたら、
ふわりと温かい布が私の身体を包む。
―――――あ…慎ちゃんの匂い・・・
まるで慎ちゃんに包まれているみたいだ。
働くことを拒む私の脳みそが、
抱きしめられているのだと錯覚させる。
でも、それが嬉しい…なんて………
私…もしかして…慎ちゃんのこと……
好き……なの…かも…しれないな…
……こんなに……安…心…する……から…。
―――――ありがとう…慎…ちゃん。
「…しん…た……さん。」
2010/11/05
武市さんstoryにするつもりで書き始めたのに、何故か途中から慎ちゃんstoryになってしまいました(汗)
しかも前半はトイレネタで色気無い上に体調不良問題が未解決・・・かなり不完全燃焼なSSですが、思いのほか長くなってしまったので強行完結しました。
何しろ執筆&調べ物に6〜7時間もかけてしまったので…(^^;)14/64