赤い実はじけた


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二章 縁組み先の相談 side M


◆秋のはじまり

 今日は下町の洗礼式の日だ。わたしを知っている下町の人や、他の青色神官と出会(でくわ)さないように、神殿のお勤めはお休みとなっている。その間にじっくり考えるようにと、神官長から手渡された木札の束。びっしり書かれた文字を、自宅のベッドに座ってじっくりと読み返している。ほかの課題がないとは珍しい。
 木札の内容は貴族のプロフィールみたいな個人情報だった。名前は伏せてあるけれど、ご丁寧に家系図まで書いてある。神官長は文字も綺麗だし、何かにつけて細かく指摘してくるし、几帳面な人なんだと思う。しかし彼の隠し部屋はいつも散らかっていることから、片付けは苦手なようだ。
(それとも仕事とプライベートはきっちり分けるタイプなのかな? その割には休日返上で働こうとする仕事人間だよね……オンオフの切り替えが極端に偏ってるのかな? 実は不健康な生活してるもんなぁ。今日は忙しいからって、また食事を抜いたりしてないと良いけど……)
 わたしは神官長を思い浮かべて考える。率直に意見を交わせるように、大事な話し合いはいつも神官長室の隠し部屋で行われる。そこでなら、少しくらい言葉が崩れて貴族らしくない態度でも怒られない。貴族にとって、魔力で異空間?に作る隠し部屋≠ニいう隔離された場所だけが安全に曝け出せる場所で、一人になって乱れた感情を整えるための訓練部屋でもあるんだとか……子供でも外では決して怒ったり泣いたりの弱みを見せてはいけないらしい。そうしないと生き延びられないというのだから、貴族社会はずいぶん殺伐とした場所なんだと思う。派閥争いというものが根底にあって、敵対する人を騙したり出し抜いたりは日常茶飯事みたいだし。嫌な世界だなぁと思う。もっと気持ちよく競争すれば良いのにね。
 昨日、神官長に言われたことを思い出す。


『この四人が君の父親候補だ。三人のうちの誰かを実父として洗礼式をとり行い、君は上級貴族となる。そして十歳までには領主と養子縁組をして、領主候補生になってもらう予定だ。これは私の希望だが、君の豊富な魔力で領地を支えてもらいたいと思っている。領主候補生という身分は、私との釣り合いのこともあるが、他領からの干渉を防ぐためにも必要な地位なのだ。その分だけの義務と責任を果たしてもらうことになるが……君の場合すでに手持ちの事業や開発した商品を利用するだけで十分な功績になると思われる。さて、君はどの家の子供になりたい? なにか希望はあるか?』
『…………神官長、とても残念です……これ、大事な情報が抜けてますよ。蔵書量が書かれてません!』
 わたしは思わず抗議した。
『……夫となる私が与える蔵書の量に納得したのではなかったのか?』
『それとこれとは話が別です。納得と満足は違いますもの。読める本が増えるに越したことはありません! それに実家にいる時に本が読めるのと読めないのとでは大違いではないですか!』
『君は……まさか成人までは実家で過ごすつもりか?』
『違うのですか?』
『私は、君は神殿で過ごしたがると思っていたのだが……家族とのことは良いのか?』
『えっ……それって貴族になっても毎日神殿に通えるってことですか? でも外聞が悪いって言ってませんでしたか?』
『外聞が悪いのは確かだが、その認識も君の実績を目の当たりにすれば霞むのではないか? 世間の認識を改める好機だろう。これは内密の話だが、神殿長も近いうちに引退される予定なのだ。神殿長が代変わりすれば神官の待遇も変わる。君も灰色たちの扱いを憂いていたではないか。それに君の場合、孤児院長と工房長という役割もあるのだ。新しく始めるインサツとやらの拠点にもしたいのであろう? 忙しくなるのだから、私と同じように神殿での生活を基本とし、用事がある時だけ実家に帰れば良いのではないか? 私としては、君の後見婚約者として貴族教育と体調の管理がしやすいので助かる』
『なるほど! それなら今の生活とあんまり変わりませんね。ちょっと安心しました。紙作りの生産態勢や冬支度と手仕事の連携とか、仕組みが軌道に乗るまで心配だし、いろいろ試したいこともあったので……』
『そのかわり、君には青色巫女として、神事や儀式も最低限はこなしてもらうことになる……事業も結構だが、あまり手を広げすぎないように』
『大丈夫です! 魔力なら有り余ってますし、神殿にいるほうが下町と打ち合わせしやすくて無駄も省けます。手紙じゃ伝えるのも一苦労ですから。なによりここには図書室があります! はぁん、英知の女神メスティオノーラに感謝を!』
『そうか……まぁ、君の場合は体力が一番の問題だと思うが。魔力を抜きやすい場所であるのは利点だな。おそらく通常の子供用魔術具ではすぐに合わなくなるはずだ。少し早いが魔術の訓練も始めるか……? 祈念式をまわるなら騎獣用の魔石も必要か。君に馬車での移動は無理だろう。そうなると――』
 神官長がブツブツと考え事をし始めて、そうなると顳トントンが終わるまでわたしは手持ちぶさたになる。心置きなく木札に集中できた。


「うーん……系譜や肩書きだけ知ってもなぁ。顔も性格も分からないし、こっちは写真なんてないし、会ったない人だとピンとこないよねぇ。だからって全員と面談するなんてことは無理っぽいし。やっぱり蔵書量が大事な判断材料じゃん。神官長の意地悪め……」
 結局、神官長は必要ないと言って教えてくれなかったのだ。そうしないと君は冷静に判断できないだろうとか言って。
(もしや自分より本が多い人がいるのを隠してるとか? あり得る……個人所有なら神官長が一番でも、お家に代々受け継がれてる秘蔵本とかあるかもしれないじゃん。というか貴族で歴史ある家柄ならそういうの絶対あるんじゃない? ということは系譜を見ればある程度は分かるかも!?)
「わたし、冴えてる〜♪」
 ふんふんと鼻歌交じりに木札を並べて比較する。
「どれどれ……えーっと、高位で長男で……って、この二人は親子だよね? この場合どっちの家が多いのかな。家督は長男に譲るとかだったら、息子の方に蔵書も流れてるよね……あ、でも息子の方にも長男がいるね。結婚したけど、奥さんは死別かぁ。若いのに……この場合はどうなってるんだろう。実家に出戻り? 男の人なら自宅で一人暮らしかな。一度は親離れしたんだろうし……それならこっちの人にすべき? こっちは離婚歴があるし長男だし、しっかり受け継いでるんじゃない? 今は独身だけど、元奥さんとの間に生まれた子として洗礼式をあげるのかな? それとも愛人の子とか? 神官長も庶子だって言ってたし、貴族ではよくあることなのかな?」
 いろいろ考えた結果、わたしは三人の中で一番若い人を実父に推すことにした。

2023/04/02



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