七章 討伐中の変事 side R
◆嘘と曖昧と捏造
「全員整列!」
トロンベ退治を終えた騎士達は、カルステッドの号令によって、整列する。整列していないのは巫女見習いの護衛を任じられた二人のみ。二人は兜を取った状態でフェルディナンドの前に並ばされ、跪いてじっと下を向いている。
「ローゼマイン、こちらに来なさい」
完全に復活して動けるようになったローゼマインも呼ばれ、全員がその場に集められる。フェルディナンドの指示通り、ローゼマインは彼の半歩後ろに立つ。背が低いせいで、ほんの少し顔を上げた護衛の二人とバッチリと目が合った。声から予想していた通り、二人ともまだ成人して間もないくらいの十代半ばのようだ。
シキコーザは鮮やかな黄緑っぽい髪に、憎悪に満ちた深緑の目をしていた。整ってはいるが傲慢さの出た顔付きは、人に命令することに慣れているように見える。そして、先程までに起こった面倒事の全てはこの子供が原因だと、その目が雄弁に語っている。
ダームエルは地味な色合いの茶色の髪で、困りきったような申し訳なさそうな灰色の目をローゼマインに向けてくる。兜を付けていた時にはわからなかったが、何と言うか、弱い者いじめに合いそうな気弱そうな雰囲気がにじみ出ている気がした。ローゼマインには親切だったけれど、身分差に振り回されて、なにかと損をしていそうな印象だ。
「では、シキコーザ、ダームエル。護衛中に起こった事故の顛末について、何か申し開きがあるならば述べよ」
フェルディナンドの言葉に、シキコーザが顔を上げた。
「……先程ご説明した通り、子供の癇癪を真に受けた灰色が誤解し、身分も弁えずに発言したのが混乱の理由でございます。自ら転んだ末にこのように攻撃されては、護衛のしようもございません。その者は平民育ちの巫女見習いなのです。全ては育ちの悪さ故でございましょう」
とんでもない主張がでてきたものだと、ローゼマインは当惑した。この言い分だとフランが処罰されてしまう可能性がある。平民の釈明など聞く必要もないと考えるのが貴族の常識だからだろう、シキコーザは自分の主張が当然通るものだと信じきったような、堂々とした態度で話している。何も恥じることが無さそうに見えるその姿に、ローゼマインはキリキリと痛む胸をそっとを押さえた。
相手が平民だけならば、申し開きをする必要すらない。それがこの国の当たり前なのだと思い知る。平民同然と言われた自分の主張は通るのだろうか。フランを助けるどころか、自分も貴族を攻撃したとして罰を受けるのだろうか。
「私は傷一つ付けるな、と命じたはずだが?」
「いきなり転んだ子供が勝手に勘違いをし、私のせいで怪我をしたかのように責められても困ります」
フェルディナンドの怒りを滲ませた声にもシキコーザは動じることなく頭を振った。兜を外したフェルディナンドは無表情を装った冷たい顔で「なるほどな」と呟いたあと、ダームエルへと視線を向ける。厳しく鋭い視線でフェルディナンドに見据えられたダームエルは、ビクリと一度震えたあと、下を向いて一気に喋った。
「身分差を弁えよ、とシキコーザに言われ、私には抗うことができませんでした。結果、巫女見習いにお怪我を負わせてしまい申し訳ございませんでした」
頭を下げたままそう言ったダームエルを見て、フェルディナンドは大きく息を吐く。
「まるで解っていないようだな……確かに二人の主張する通り、身分差は弁えなければならぬ」
「では……」
シキコーザが喜色に満ちた顔を上げ、勝ち誇ったようにローゼマインを見た。それを遮るようにフェルディナンドが一歩前に出る。
「この場で最も身分が高いのは誰だ、シキコーザ?」
「フェルディナンド様でございます」
当然だと言わんばかりに、シキコーザは自信に満ちた声で答える。しかし質問の意図が読み取れなかったようで、わずかに首を傾げた。
「そうだ。その私が、命令したのだ。巫女見習いに傷一つ付けぬよう、しっかり守るように≠ニ。ならば、身分差を弁え、守るべきものが何か、最優先すべきものが何か、自ずとわかるはずだ。其方こそ、身分差を弁えよ!」
衝撃を受けたようにシキコーザがフェルディナンドを仰ぎ見る。何が起きたのか信じられないというように目が見開かれていた。
「ですが、あれは平民同然の子供で。神殿の秩序を乱す愚かな子供なのです。そのような幼子の言い分など……」
「全く情勢がわかっていないようだから、述べておこう。ローゼマインは確かに平民のもとに隠されて育ったが、上級貴族としての教育を受け、洗礼前にも関わらず青色の衣を与えられた巫女見習いだ。それは魔力の多さと類稀な有能さを見込んだ神殿側が望み、領主の許可を得て、青の衣が特別に与えられている。それに不平不満を漏らすのは、神殿及び領主に不平不満を漏らすに等しい!」
フェルディナンドの言葉に、シキコーザとダームエルだけではなく、整列している騎士の一部からも息を呑んだ音が聞こえてきた。
「全員整列!」
トロンベ退治を終えた騎士達は、カルステッドの号令によって、整列する。整列していないのは巫女見習いの護衛を任じられた二人のみ。二人は兜を取った状態でフェルディナンドの前に並ばされ、跪いてじっと下を向いている。
「ローゼマイン、こちらに来なさい」
完全に復活して動けるようになったローゼマインも呼ばれ、全員がその場に集められる。フェルディナンドの指示通り、ローゼマインは彼の半歩後ろに立つ。背が低いせいで、ほんの少し顔を上げた護衛の二人とバッチリと目が合った。声から予想していた通り、二人ともまだ成人して間もないくらいの十代半ばのようだ。
シキコーザは鮮やかな黄緑っぽい髪に、憎悪に満ちた深緑の目をしていた。整ってはいるが傲慢さの出た顔付きは、人に命令することに慣れているように見える。そして、先程までに起こった面倒事の全てはこの子供が原因だと、その目が雄弁に語っている。
ダームエルは地味な色合いの茶色の髪で、困りきったような申し訳なさそうな灰色の目をローゼマインに向けてくる。兜を付けていた時にはわからなかったが、何と言うか、弱い者いじめに合いそうな気弱そうな雰囲気がにじみ出ている気がした。ローゼマインには親切だったけれど、身分差に振り回されて、なにかと損をしていそうな印象だ。
「では、シキコーザ、ダームエル。護衛中に起こった事故の顛末について、何か申し開きがあるならば述べよ」
フェルディナンドの言葉に、シキコーザが顔を上げた。
「……先程ご説明した通り、子供の癇癪を真に受けた灰色が誤解し、身分も弁えずに発言したのが混乱の理由でございます。自ら転んだ末にこのように攻撃されては、護衛のしようもございません。その者は平民育ちの巫女見習いなのです。全ては育ちの悪さ故でございましょう」
とんでもない主張がでてきたものだと、ローゼマインは当惑した。この言い分だとフランが処罰されてしまう可能性がある。平民の釈明など聞く必要もないと考えるのが貴族の常識だからだろう、シキコーザは自分の主張が当然通るものだと信じきったような、堂々とした態度で話している。何も恥じることが無さそうに見えるその姿に、ローゼマインはキリキリと痛む胸をそっとを押さえた。
相手が平民だけならば、申し開きをする必要すらない。それがこの国の当たり前なのだと思い知る。平民同然と言われた自分の主張は通るのだろうか。フランを助けるどころか、自分も貴族を攻撃したとして罰を受けるのだろうか。
「私は傷一つ付けるな、と命じたはずだが?」
「いきなり転んだ子供が勝手に勘違いをし、私のせいで怪我をしたかのように責められても困ります」
フェルディナンドの怒りを滲ませた声にもシキコーザは動じることなく頭を振った。兜を外したフェルディナンドは無表情を装った冷たい顔で「なるほどな」と呟いたあと、ダームエルへと視線を向ける。厳しく鋭い視線でフェルディナンドに見据えられたダームエルは、ビクリと一度震えたあと、下を向いて一気に喋った。
「身分差を弁えよ、とシキコーザに言われ、私には抗うことができませんでした。結果、巫女見習いにお怪我を負わせてしまい申し訳ございませんでした」
頭を下げたままそう言ったダームエルを見て、フェルディナンドは大きく息を吐く。
「まるで解っていないようだな……確かに二人の主張する通り、身分差は弁えなければならぬ」
「では……」
シキコーザが喜色に満ちた顔を上げ、勝ち誇ったようにローゼマインを見た。それを遮るようにフェルディナンドが一歩前に出る。
「この場で最も身分が高いのは誰だ、シキコーザ?」
「フェルディナンド様でございます」
当然だと言わんばかりに、シキコーザは自信に満ちた声で答える。しかし質問の意図が読み取れなかったようで、わずかに首を傾げた。
「そうだ。その私が、命令したのだ。巫女見習いに傷一つ付けぬよう、しっかり守るように≠ニ。ならば、身分差を弁え、守るべきものが何か、最優先すべきものが何か、自ずとわかるはずだ。其方こそ、身分差を弁えよ!」
衝撃を受けたようにシキコーザがフェルディナンドを仰ぎ見る。何が起きたのか信じられないというように目が見開かれていた。
「ですが、あれは平民同然の子供で。神殿の秩序を乱す愚かな子供なのです。そのような幼子の言い分など……」
「全く情勢がわかっていないようだから、述べておこう。ローゼマインは確かに平民のもとに隠されて育ったが、上級貴族としての教育を受け、洗礼前にも関わらず青色の衣を与えられた巫女見習いだ。それは魔力の多さと類稀な有能さを見込んだ神殿側が望み、領主の許可を得て、青の衣が特別に与えられている。それに不平不満を漏らすのは、神殿及び領主に不平不満を漏らすに等しい!」
フェルディナンドの言葉に、シキコーザとダームエルだけではなく、整列している騎士の一部からも息を呑んだ音が聞こえてきた。
2023/04/03