七章 討伐中の変事 side R
◆身の危険
「シキコーザ、それは駄目です! 彼女は護衛対象で、儀式を行う巫女見習いではないですか!」
取り出された武器を見て慌てふためいたようにダームエルがシキコーザに手を伸ばす。シキコーザはダームエルの忠告と腕を振り払い、ナイフを振り上げた。
「うるさい! 目が見えなくても儀式には何の支障もないだろうが!」
(何なのもう! やめてよ! 知らないよ! わたしのせいじゃないもん!)
ローゼマインはフランの袖にしがみつくように縋る。必死に取り繕って事なきを得たはずが、黄色い光が現れて消えて、よく分からない現象が起こったせいで無に帰され、今まさに凶器を向けられている。言い訳も反論も、とても言葉にできなかった。
洗礼前の子供は人ではない
お前は平民同然だ
平民が貴族を攻撃すれば極刑
過去に教えらた情報やシキコーザの言い分に、ローゼマインのなけなしの抵抗力が尽きてしまう。痛みもあって動けない。逃げる事もままならず、怖くて怖くて堪らなかった。あまりの恐怖から思わずここには居ない人物に助けを求めてしまう。
彼女が小さく「神官長」と呟いたのと、指輪が光るのはほぼ同時だった。青い光が一筋、空に向かって伸びていく。
(今度はなに!?)
ローゼマインが動揺していると、上空からバサリという羽音が響き、黒い影が頭上にかかる。
「神官ッ……フェルディナンド様!」
見覚えのある青いマントをつけた騎士の姿にローゼマインは叫んでいた。羽を大きく広げたライオンの騎獣が、こちらに向かって一直線に滑降してくる。
本当に神官長が来てくれた。彼がいればもう大丈夫だ……そう、素直に安堵していた。隣にいるフランからも、体の強張りが抜けたのが伝わってくる。
(よかった……)
ローゼマインは泣きそうになりながら、必死にそれを我慢した。
◇
滑るように下りてきた白いライオンから、全身金属の鎧で覆っているとは思えないような軽い動きでフェルディナンドが飛び降りる。その手に持っているのは、トロンベを退治するために闇の神の祝福を受けた黒い矢だった。討伐の最中なのにここへ来たようだ。
「……これは一体どういう事態だ? ローゼマイン、君のお守りが作動したようだが怪我は?」
「あ、ありません。身体が少し痛む程度です」
「他には……特に異常はないようだな」
フェルディナンドが周囲を見渡して確認しながら呟く。冷静な言葉遣いとは裏腹に、怒りが滲み出ている声色だった。そして、どう見てもシキコーザが怪我をしているが、彼にはそれが異常≠ノは入らないらしい。
ローゼマインは自分のせいで何かが起こり、もしかしたら多少は責められるかもしれないと考えていたので拍子抜けしてしまう。
「あの、わたくしは何ともありませんが……その、シキコーザ様がお怪我を――」
一応、気づいてない可能性も考えて報告するローゼマイン。本気で心配しているわけではない。さっきまで自分を傷付けようとしていた男だ。しかし、ローゼマインの報告に、フェルディナンドはちらりと視線を向けただけで「問題ない」と切り捨てた。
「そもそも、何故お守りの反撃を護衛の騎士が受けるのだ。避け損ねたのだとしたら無能にすぎる」
フェルディナンドが苛立たしそうに現状の報告を求める。
なんと説明したものか……それぞれが悩んでいるのか、全員が口を噤む。ローゼマインも、己の発言力が分からなくて詳しい説明を躊躇う。どうやら自分のお守りが関係しているようだが、それで何が起こったのか正確なことが判らない。それに、どう考えてもシキコーザは保身に走って彼女に不利な発言をするだろう。ここで正直に全てを話した結果、それが貴族の常識でどのように判断されるのかわからないのだ。何が迂闊な発言に繋がるのか予測できない。
助けが来たと思った。それなのに命の危機にある不安はまだ消えていなかった。
「シキコーザ、それは駄目です! 彼女は護衛対象で、儀式を行う巫女見習いではないですか!」
取り出された武器を見て慌てふためいたようにダームエルがシキコーザに手を伸ばす。シキコーザはダームエルの忠告と腕を振り払い、ナイフを振り上げた。
「うるさい! 目が見えなくても儀式には何の支障もないだろうが!」
(何なのもう! やめてよ! 知らないよ! わたしのせいじゃないもん!)
ローゼマインはフランの袖にしがみつくように縋る。必死に取り繕って事なきを得たはずが、黄色い光が現れて消えて、よく分からない現象が起こったせいで無に帰され、今まさに凶器を向けられている。言い訳も反論も、とても言葉にできなかった。
洗礼前の子供は人ではない
お前は平民同然だ
平民が貴族を攻撃すれば極刑
過去に教えらた情報やシキコーザの言い分に、ローゼマインのなけなしの抵抗力が尽きてしまう。痛みもあって動けない。逃げる事もままならず、怖くて怖くて堪らなかった。あまりの恐怖から思わずここには居ない人物に助けを求めてしまう。
彼女が小さく「神官長」と呟いたのと、指輪が光るのはほぼ同時だった。青い光が一筋、空に向かって伸びていく。
(今度はなに!?)
ローゼマインが動揺していると、上空からバサリという羽音が響き、黒い影が頭上にかかる。
「神官ッ……フェルディナンド様!」
見覚えのある青いマントをつけた騎士の姿にローゼマインは叫んでいた。羽を大きく広げたライオンの騎獣が、こちらに向かって一直線に滑降してくる。
本当に神官長が来てくれた。彼がいればもう大丈夫だ……そう、素直に安堵していた。隣にいるフランからも、体の強張りが抜けたのが伝わってくる。
(よかった……)
ローゼマインは泣きそうになりながら、必死にそれを我慢した。
◇
滑るように下りてきた白いライオンから、全身金属の鎧で覆っているとは思えないような軽い動きでフェルディナンドが飛び降りる。その手に持っているのは、トロンベを退治するために闇の神の祝福を受けた黒い矢だった。討伐の最中なのにここへ来たようだ。
「……これは一体どういう事態だ? ローゼマイン、君のお守りが作動したようだが怪我は?」
「あ、ありません。身体が少し痛む程度です」
「他には……特に異常はないようだな」
フェルディナンドが周囲を見渡して確認しながら呟く。冷静な言葉遣いとは裏腹に、怒りが滲み出ている声色だった。そして、どう見てもシキコーザが怪我をしているが、彼にはそれが異常≠ノは入らないらしい。
ローゼマインは自分のせいで何かが起こり、もしかしたら多少は責められるかもしれないと考えていたので拍子抜けしてしまう。
「あの、わたくしは何ともありませんが……その、シキコーザ様がお怪我を――」
一応、気づいてない可能性も考えて報告するローゼマイン。本気で心配しているわけではない。さっきまで自分を傷付けようとしていた男だ。しかし、ローゼマインの報告に、フェルディナンドはちらりと視線を向けただけで「問題ない」と切り捨てた。
「そもそも、何故お守りの反撃を護衛の騎士が受けるのだ。避け損ねたのだとしたら無能にすぎる」
フェルディナンドが苛立たしそうに現状の報告を求める。
なんと説明したものか……それぞれが悩んでいるのか、全員が口を噤む。ローゼマインも、己の発言力が分からなくて詳しい説明を躊躇う。どうやら自分のお守りが関係しているようだが、それで何が起こったのか正確なことが判らない。それに、どう考えてもシキコーザは保身に走って彼女に不利な発言をするだろう。ここで正直に全てを話した結果、それが貴族の常識でどのように判断されるのかわからないのだ。何が迂闊な発言に繋がるのか予測できない。
助けが来たと思った。それなのに命の危機にある不安はまだ消えていなかった。
2023/04/03