赤い実はじけた


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 ローゼマインが知るフェルディナンドとは、細身で神経質で事務仕事に適している、記憶力抜群の研究好きな人で、神殿の仕事をしながらお城の執務にまで手を貸している不摂生な仕事人間だ。まさか騎士団にいたなど本人に言われるまで想像したことがなかったし、ここに着いてからもローゼマインは不安で仕方なかった。
 しかし、今の戦う彼の姿を見ていると全く違和感はない。鎧姿を最初に見て強そうだ≠ニ褒めたが、実際フェルディナンドは強くて頼りになる騎士団長だったのだろう。神殿の神官としても、お城の文官としても、騎士団の武官としても必要とされていて、おそらく兄である領主(アウブ)からも頼りにされている――万能にも程がある。少しはその才能を分けて欲しいものだとローゼマインは少しばかり悔しく思う。自分が彼の役に立とうなど、とんだ思い上がりだったようだ。
(どうして神殿にいるんだろう……)
 ローゼマインは今まで深く追及してこなかったそれが再び気になってきた。彼がどんな思いで神殿にいるのか、本当はなにが望みなのか……実際のところをローゼマインは詳しく知らない。あまり言いたくなさそうだったことから、聞いてはならないのかと無理に踏み込むことをしなかった。政治的なものが絡んでいるらしく、自分には何もできないだろうことが分かりきっていたこともある。
 だが、本当にそれで良かったのだろうか。分かち合うために知る努力をしないなんて、家族とは呼べないのではないだろうか――
 次々とトロンベに向かって矢を降らせていくフェルディナンドの活躍を見上げながら、考え込むローゼマインであった――

   ◇  ◇  ◇

「効果が出てきたな。トロンベが黒くなっていくのが見えるかい?」
「はい、見えます。……あ、枝が」
 ダームエルの言うとおり、フェルディナンドが次々と放つ矢の当たったところからトロンベに小さな黒い点が付いていくのがローゼマインにも見えた。染みのような黒い斑点は、降り注ぐ矢が当たるごとに増えていく。そして、まるでその黒い部分から腐っていくようにトロンベの枝がボキリと折れ、ドスンと地に落ちる。落ちた枝はキラキラと光って消えていった。トロンベの一部が消滅しても、土地に魔力が戻る様子はない。奪われた魔力ごと消えてしまうらしい。
 巨大トロンベはまだ元気な枝を精一杯に伸ばし、空中を駆けまわる騎士達を叩き落とそうとしている。しかし、騎獣に乗って自在に逃げる騎士達には当たらない。逆に騎士達が持っている、黒いハルバートのような武器で枝を撃たれ、払われては突かれ、そこからどんどん黒くなっていく。気が付いた時にはトロンベのクレーターの成長が止まっていた。振り回される枝が減ってくると、今度は直接トロンベの幹に騎士達が攻撃を加えていく。ずいぶんと大きな幹だが、どんどん黒い斑点は増えていった。攻撃を受ける度にトロンベの元気がなくなっていく様子がよくローゼマインにもわかる。
「もうじき終わるな」
 ダームエルが少し目を細めたまま呟いた。ローゼマインはその言葉にそっと胸を撫で下ろす。いくら大丈夫なのだと己に言い聞かせても、巨大トロンベの動きに心配せずにはいられなかった。だが、騎士団が苦戦している様子はなく、思ったよりも早くに片が付いてくれそうだ。これなら怪我人も少ないだろうと安心できた。
「あのような怪物と戦うなんて一体どうなることかと思いましたけれど……皆様にはほとんど被害がないようで、安心いたしました」
「毎年のことだからな。いくら人数が少ないとはいえ、負けるようなことはない。今回は特にフェルディナンド様がいらっしゃったから、枝を払うのが楽だったようだ」
「そうなのですね。フェルディナンド様は本当にお強いのですね」
 ダームエルが言うには、連続して大量の矢を降らせることができるフェルディナンドがいるといないでは効率が全く違うらしかった。射る矢が少ないとなかなか弱らせることができず、トロンベの枝に吹き飛ばされる騎士が毎回数人はいるという。今回のように負傷者がでないのは珍しいことだと。
「それに巫女見習いの祝福もあったからな」
「少しでもお役に立てたのでしたら、嬉しく存じます」
 兜を被ったままなので表情はわからないが、ダームエルの声は優しかった。ローゼマインがニコリと笑って見上げていると、背後から忌々しそうな舌打ちが聞こえた。振り返った先にいるのはシキコーザである。
「ダームエル、何を子供と慣れ合っている? お前は知らないのか? それは平民あがりの巫女見習いだ。平民として育ったくせに、貴族になろうと思い上がった愚か者だ。うまく取り繕っていても中身は平民そのもの。育ちの悪さで神殿の秩序を乱す、貴族の皮をかぶった偽物だ。いくら貴族が減ったからとはいえ、平民風情に青の衣を与えて儀式をさせるなんて、それもこんな洗礼前の子供に……フェルディナンド様もいったい何を考えているのか」
「シキコーザ? 一体何を……」
 動揺したようなダームエルの声から、彼がローゼマインの出自を知らないことが分かる。むしろ詳しく知っているらしいシキコーザの存在にローゼマインは驚いた。ローゼマインが平民として育ったことを知らなかったからこそ、ダームエルは優しく解説してくれたのだろうか。いくら血筋が貴族でも、平民に育てられた彼女は貴族どころか青色巫女を名乗る資格もないのだと――シキコーザにとってローゼマインは生粋の貴族とは全く別の生き物で、とても汚らわしい存在であるかのような物言いだった。
(これでわたしが本当は平民だってことが知られてたら、一体どうなってたんだろね……)
 上級貴族の生まれで、平民として育った末に青色巫女見習いとなった――その設定でもこんなにも蔑まれる存在なのか。そもそも、神殿にいる者は貴族の生まれであっても貴族ではないのだとフェルディナンドは話していた。フェルディナンドだけは貴族になってから神殿入りしたので違うが、他の青色神官は貴族街にいる者達からすれば貴族になれなかった落ちこぼれ、あるいは家族に見捨てられた存在なのだと。
 だが、ダームエルはどうだ? フェルディナンドを神官になった今も尊敬して慕っているようだし、ローゼマインが青色巫女見習いとして神殿にいることを知っていても見下すような態度はしなかった。このあたりの差別には個人差があるということだろうか。どちらにしても、万が一にも平民だとバレたら命は無さそうだ……そんな予感にローゼマインは身震いをした。フェルディナンドがどうしても彼女を貴族の実子としたかったのはこういう事だったのかと理解する。
 とりあえず、悪意を撒き散らしているシキコーザから、ローゼマインはそっと距離を取った。自分を平民同然だと言う貴族がどのような行動をとるか判らないからだ。厄介なことになって欲しくない。
「適当な事を言わないでください、シキコーザ」
「本当のことだ。星結びの儀の折り、我が家にいらっしゃった神殿長が嘆いておられた。たった一人の平民育ちの子供のせいで、神殿の有り様が狂っていく、とな」
(……神殿長が?)
 さっぱり認識していなかった神殿の長たるサンタクロースもどきの存在を不意に思い出したローゼマイン。洗礼式の時に一度見ただけで、神殿に入ってからは全く顔を合わせていない。フェルディナンドから関わるなと言われていたし、向こうから呼び出しもなく、特に何もされていないので記憶の彼方に追いやられていたのだが……なんと神殿長は貴族達に愚痴を言って回っているくらいにはローゼマインのことが嫌いらしい。だから関わるなと言われていたのだろうか。孤児院工房のことで喜ばれているかと思っていただけに、ローゼマインは愕然とした。
(これって、もしかしてマズい状況?)
 ローゼマインは冷や汗が滲んできた。汗ばんだ手の平をギュッと握る。
(でも、わたしはこれから貴族として生きるんだから。まだ洗礼前の子供ってことになってるけど……貴族らしく、毅然としてなくちゃダメだよね?)
 ローゼマインが静かに二人のやり取りを見つめていると、シキコーザがこちらに向き直る。
「何か言えよ、平民」
「……わたくしは、平民ではありませんわ」
 ローゼマインは貴族らしく毅然とした態度を心がけて顔をあげた。どんな時も俯いてはならないと、教えられたことを思い出す。

2023/04/03



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