赤い実はじけた


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六章 トロンベの討伐 side F


◆騎士団の要請

 収穫祭が終わり、続々と青色神官が帰ってくる。こうなると神殿でも気の抜けない生活がまた始まる。
 特に今年はマイン――いや、ローゼマインがいるのだ。よくよく注意しなければならない。神官らの不用意な接触はもちろん、妙な噂が立たぬよう牽制しているつもりだが……いかんせん神殿の中だけでは最上位に立つ者が愚かなだけに、余計な仕事が増えて適わぬ。どうも良くない噂を流してきたらしい……平民を重用し、孤児院を好き勝手に改造している平民育ちの野生児だとか、引き取る親も親だとか、嘆かわしいと言いながらその恩恵を一番に受けているくせによくもまぁ抜け抜けと。
 要するに上級貴族に相応しい魔力と還俗する未来を妬んだ末に、家格が格下だと決めつけて悪意をばら撒いているのだろう。洗礼前の今ならどうにでも出来ると思っているのかもしれぬ……愚かなことだな。だが、より警戒しなければならなくなったのは確かだろう。

 そんななか例年通り騎士団から要請が届いたとの連絡を兼ねた命令が下る。私を戦力に数えたトロンベの討伐要請だ。やはり今年もこうなったか……神官も騎士団も、人手不足はどこも深刻だな。領主(アウブ)からの通達だと説明し、大至急で出立の準備を整えるようローゼマインに指示を出す。他の者は慣れたもので既に動き始めている。彼女の支度についてはフランに任せておけば問題なかろう。私はすぐさま別室へ着替えに向かった。
 ローゼマインを神殿長や他の青色がいる神殿に置いていくわけにもいかぬし、結局は儀式を手伝ってもらうことになる。討伐と同時に済ませてしまうのが最も効率が良い。そのため今回は側仕えと共に同行させる。儀式だけでなく、今後は奉納式でも祈念式でも彼女の魔力がかなり助けになってくれることだろう。私一人では限界に近かったので正直なところ非常に助かるのだ。
 先日そういった内情を伝えれば、頑張ります!と妙に張り切っていた。君が張り切ると大変なことになりそうなので普通で良い。上級貴族の子供だとしても魔力が多すぎるので、下手に注目されないためにも程々にしておきなさいと忠告したが、忘れておらぬだろうな。着くまでに念押ししておくか。
 本当に彼女の魔力量は規格外で、先日は魔力制限をかなり上げた隠し部屋も難なく通過した。つまり、彼女は現時点でアウブであるジルヴェスターよりも魔力が多いということになる。末恐ろしい子供だ……彼女の器が成長すれば私をも超えてしまうのではないか?
 くれぐれも魔力圧縮をこれ以上しないよう注意しよう。本人も、体の成長が遅れていることを気にしていたしな。問題なかろう。

   ◇

 儀式用の衣装に身を包んだマインがフランに運ばれるかたちで貴族門の前に到着する。珍しい柄だが美しく、なかなか悪くない仕立ての衣装であった。これもまた彼女の発案なのだろうか。
 合間をみて作っておいた貴族の証である指輪と、腕輪型のお守りを側仕えを通して渡す。彼女が睡眠を取れと口うるさく言うので作るのに時間がかかってしまったのだ。この日に間に合って良かった。
 ローゼマインには護衛をつける予定だが、万が一ということもある。彼女自身の体力は人並み以下で、普通の子供もよりも遥かに弱い。扱いを知らぬ者では不測の事態に陥らないとも限らないのだ。平民であるフランの忠告を貴族がまともに取り合うとも思えぬしな……神殿内であれば、ある程度は私の力が及ぶ。だが還俗してない身では、いくら領主候補生といえど貴族街では後ろ盾としては弱すぎる。
 まさか騎士団としての職務中に愚かな行為に及ぶ者がいるとは思えぬが、守るための動作が致命傷になる可能性もある。私に対する悪意がどこに潜んでいるかは分からぬし、彼女の情報が漏れていないとも限らない。この機に狙われる可能性が無いとは言い切れないのだ。
 正式に契約をした以上、私はあらゆる可能性を考慮し、全力でローゼマインを守らねばならぬ。手離す以外の方法で。万難を廃する冬の計画を前に、ここで油断するわけにはいかなかった。

 そんな私の心配や緊張を余所に、ローゼマインは唖然とした様子でこちらを眺めてはぶつぶつと呟いている。
「……どうした。言われたことは理解したか?」
「あ、はい。それは大丈夫です。でもまさか神官長も討伐に参加されるとは思っておりませんでしたので……全身鎧とはすごいですね。神官長が強そうに見えます」
(何だそれは。私が貧弱だと言いたいのか?)
「私が以前は騎士団に所属していたことは知っていよう」
「そうでしたね。だからでしょうか? とってもお似合いです。カッコいいですね!」
「……時間が惜しい。君の準備が整ったなら行くぞ」
 私は門にかざした手元に集中した。背後ではローゼマインが気の抜けたような声を発して門の変化に驚いている。魔力を通し終えて振り向くと、ローゼマインがぽかんと口を開いて呆けていた。せめて口を閉じなさい、口を。
「この程度で驚くでない……」
 カガク≠フ発達した、全自動のものに溢れる世界で育ったのではなかったのか?
 魔力のない世界で生きた彼女の反応は、魔力を知らぬ平民そのものだ。確かにその通りなのだが、こうも騒がれては妙な誤解を周囲に与えかねない。教育の成果はどこへ行ったのか。とにかく黙っていて欲しい……彼女といると緊張感まで奪われてしまいそうだ。門が完全に開く前に、再度忠告をしておく。
「ここから先は貴族街だ……不用意な発言は慎み、君はとにかく貴族らしくすることに徹していなさい」
「はい。かしこまりました」

2023/04/03



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