赤い実はじけた


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五章 夢の話 side M


◆夢じゃない話

 神官長はやっぱり良い人だ。わたしの話を途中で遮らず、真剣に最後まで聞いてくれるし。なんだかんだで聞き上手な人だと思う。訊きたいことを後でまとめて質問できるだけの記憶力があるから為せる技かもしれない。他の人だとこうはいかないもん。途中でツッコミが入らないなんてことはまず有り得ない。それだけわたしの話が突飛だったり常識外れだったり未知の単語が混ざってたりってことなんだろうけど……その説明のために途中で話が逸れてくと、わたしも自分が何を話していたのか伝えたかったのか忘れちゃったりするから結局スムーズに話し合いが進まない。帰宅してから話し忘れたことを思い出したりする。その点、神官長はその心配が全くない。安心して考えてたことと同時に思い付いたこと全てを一気に話すことができる、貴重な存在だ。

 それにしても神官長の暗躍には驚いた。随分と貴族側の根回しに忙しくしていたらしい。いつの間にかオットーさんや父さん達にも接触してるし、他領のことまで調べていたとか……貴族はそこまでしなくちゃダメだなんて大変なんだなぁ。
 なんて、呑気なことは言ってられない!
 それらは全てわたしを完璧な貴族にするための根回しなんだから!
 神官長が突き止めた情報をもとに作り上げられた?わたしの出生秘話。貴族側と平民側で誤差があるのでそこら辺をどうするか話を詰めていった。
 それにしてもオットーさんの役得ぶりがすごい。彼はそんな義憤に駆られるような人間じゃないと思うけど……さすがは商人。良い感じに話を合わせてて、元々は無関係だったのにかなり重要な貢献人物になっている。儲けたね、オットーさん。そもそも彼が隣町で開店するための資金全てを使って領都の市民権を買ったのは、ただただ一目惚れしたコリンナさんに街の人じゃないと無理≠ニ断られたのを考え直してもらうためで、衝動的な行動だったと聞いている。あの時は普段とは別人のように恋に生きるダメ男な感じで、その姿を見かねた父さんが仕事を斡旋し、文字書き計算のできる便利な内向きの兵士として雇ってもらったらしいのだ。残念で笑える話が、とんでもない美談に化けている。偶然にしては出来過ぎで、やっぱり神様的な御縁というか導きがあったのだろうなと感じる。
 わたしが高熱で記憶喪失になった設定はそのままでいく。だって貴族の両親のことはほとんど何も知らないからね。母親の顔や声は知ってるけど、性格とかはサッパリだ。ちなみに、お名前はティファローゼ様というらしい。なので、実の母親から一部とって名付けたほうが判りやすいからと、貴族としての名前はローゼマインとすることに。今は洗礼前の幼名みたいに愛称で呼ばれてて、正式には洗礼式を機に改名するという流れだけど、少しずつ聞き慣れるためにも貴族らしく過ごすためにも、神殿ではローゼマインと呼んでもらうことになった。
 父さん母さんトゥーリは育ての親で、下町の家族という設定だ。こちらも上級貴族の跡取り娘?を大事に育てたということで貢献度はかなり高い。間違ってもぞんざいには扱わせない。本当の家族として育ったから切り離せないと知らしめて、ある程度は優遇してもらう予定である。

 それから神官長がいつも飲ませてくれる魔力の塊を溶かしてくれるお薬ユレーヴェ″りのために、元側近たちと夜中にこっそり材料となる素材の採集に出かける予定だったことが判明した。最高品質のユレーヴェを作るため、シュツェーリアの夜に行く必要があるらしい。シュツェーリアの夜といえば満月である。そして秋の満月といえばお月見だ。
 わたしを置いてお月見ピクニックだと?! なんとしても同行したい。わたしに使う薬のためだと言うのなら尚更わたしも協力したい!
 是非お手伝いをさせて下さい!
 そう言ってわたしは神官長に縋り付く勢いでお願いし、渋々だが了承を得た。もともとユレーヴェという万能薬は、それを使う本人の魔力で染めながら採取した素材を用いて自力(本人の魔力)で作るのが最も効果が高いらしいので、そのせいもあるとは思うけど……神官長は意外と押しに弱いらしい。
 ぜったいに余計なことはしない、神官長の指示通りに動くことを条件に、お月見ピクニック――じゃなかった、リュエルの実狩りピクニックに連れていってもらえることになった。夜食のお月見団子を忘れずに持って行こう。
 神官長は他にもいろいろ計画していたようで、次の縁組みの根回しでは顔合わせを兼ねて、わたしも同席することになりそうだ。わたしを引き取って父親になってくれそうなのが、元騎士団長と現騎士団長のどちらかで、根っからの騎士の家系だというのだから嫌な予感が少しする。とは言っても、神官長も以前は騎士団長をしていたことがあるらしいから、神官長みたいな知能派で策略家な騎士かもしれない。それとも魔術をバンバン使う魔法剣士みたいな感じかな?
 別に父さんみたいな力自慢の強そうな人が嫌いというわけじゃないんだけど……そのぉ、もしかして「騎士の娘に恥じない程度に鍛えろ!」とかって無茶を言われたりしたら、困るなぁ〜なんて……ちょっぴり弱気になっただけ。
 でも、魔力のある世界だし。わたしも、どうやら魔力だけは多いみたいだし……そうならない方向で、少しは役に立てるようになれることを祈るばかりだ。

     ◇

 とにかく神官長とわたしは和解した。いや、わたしが一方的に怒ってただけかもしれないけど……それでも前より少しは仲良くなれたんじゃないかと思う。神官長が、わたしの前世について理解を示してくれたのも嬉しい。証拠がなければ神官長みたいな人は信じてくれないかもと思ってたんだけど、むしろ納得したと言われたのである。それくらい不審で謎の存在だったらしい……でもさ、それでよく嫁にしようとか思ったよね?
(神官長の思考こそ謎だよ……)
 なんにせよ、神官長のお手伝いも再開したし、土の日の読書タイムも復活した! 神官長のご自宅にある図書室も見せてもらえる約束もしたし! 結果オーライなのである。

   ◇  ◇  ◇

 わたしは孤児院長室でもうすぐ必要になる儀式の祝詞をおさらいしたり、フェシュピールの練習に励んだりしつつ、孤児院の冬支度を進めていく。手仕事の指導にはトゥーリや母さんに協力してもらい、豚肉加工には父さんやベンノさんの力を借りた。他の青色たちがいないうちに済ませてしまう段取りで、孤児院には氷室があるから早めに済ませることができた。
 わたしもなかなか忙しくなってきた。だけど前より寝込むことも倒れることもグッと少なくなった。丈夫になってきて嬉しい。それに背も少し伸びた気がしてる。それもこれも神官長――フェルディナンド様のおかげなのである。感動しない方が無理だった。
(家族だしってことで名前で呼んでみたあの時、ちょっと照れてたよね。耳、赤かったし……年下だと思うと可愛いかも?)

 貴族になるのは大変そうだけど……良い人が旦那様で良かったなぁと、しみじみ思うのだった――

2023/04/02



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