四章 お留守番の収穫祭 side K
◆機運の足音
秋も深まりを見せ始め、そろそろトロンベの討伐に備えて騎士団寮に引きこもる頃。
カルステッドは珍しく自宅に帰宅して、これまた珍しい客を私室に通して酒を出していた。普段からお固いやつで、話が終わるまで酒に手をつけることは無さそうだが……今夜は更に深刻そうな顔をしている。いつも以上に真面目な話であることは一目瞭然だった。
この歳の離れた従弟が異母兄抜きで自分と話したいということは、またもや状況を悪化させるような事があったのではと、神殿に閉じ込められている彼の身を案じた。
フェルディナンドは話し始める。この夏、平民の洗礼式で、魔力の高い身食い≠見つけたこと。その平民の身食いが持つ魔力量が、上級貴族をしのぐ量であったことを。驚いたカルステッドだったが、真っ先に貴族の隠し子なのでは?と疑った。その問いに彼は「私も当初はそれを疑った。他領の間者かもしれぬ可能性も考慮して接触し、早急に背後を調べたのだ」と言う。そして衝撃の事実がわかったのだと……その顔は硬い。
悪い結果か?と話を促せば「結論から言うと、その子供は他領の上級貴族として生まれた娘だった」と。少し長くなるがと前置きして、信じられないような経緯(いきさつ)が語られるのだった――
事の始まりは他領で起こったよくある話。とある娘の一家が、本人たちに罪はないものの、一族の連座で処罰される運命となった。両親はそれを受け入れたが、二人には洗礼間近の娘がいた。人として数えられない今なら間に合う。せめて娘だけは逃してやりたいと、信頼のおける商人を経由して、旅商人に愛娘を宝≠ニ称して母親の生家に運ばせ、身柄を保護してもらえるよう託した。
しかしどこで秘密が漏れたのか、商人にも執拗に追手が迫り、その商人は自分に借りがあって信頼できる旅商人仲間に荷物≠ニ称した宝を密かに託す。とある上級貴族から亡くなった家主の家宝をエーレンフェストの実家に届けるように≠ニ命令されたのだと話を通し、必ず荷物を届けて欲しいと念押しした。
だが、道のりは遠く、数年かけて運ぶうちに、その旅商人の一家は貧困に陥る。預けられた金も魔石も底をつき、このまま荷運び業を優先していては生活が成り立たない。しかし、その特殊なその荷物は管理するのに高品質な魔石を使う。魔石の効力がなくなる前に、エーレンフェストの領都にある貴族の元に辿り着かねばならない。それは時間との戦いで、絶望的な計画だった。
真実を知らぬ旅商人一家の主は家族や仲間を思って決断し、その荷を捨てて逃げることにした。そして荷物は森に捨てられたが、夜中に抜け出した跡取り息子がそれを許さなかった。彼は持ち逃げしてきた最後の魔石を使って荷物の箱から宝≠取り出して、自分一人の力でエーレンフェストに届けるつもりであった。だが、中から出てきた宝は上級貴族の女児だった。時を止める魔術具から目覚めた娘は最初は驚いて混乱していたが、エーレンフェストの親戚に会いに行く予定であったことを話し、目の前の男が自分を助けてくれたことを知り、領都に連れて行ってくれるという話を信じて従った。貴族の娘を平民に擬態させるため、旅商人の息子は娘の衣装や指輪の魔石を売り払って支度を整えた。大金が手に入ったおかげで二人は無事に領都にたどり着く。そして旅商人の男は全財産をはたいて市民権を買い、仕事をしながら富裕層の商家の跡取り娘に目を付けると求婚し続けた。
大事な宝(むすめ)はその間、親身になって仕事を紹介してくれた知人に預けていた。その知人は自分の娘を亡くしたばかりの兵士で、歳の近い女児が一人いて子育てにも慣れていた。独身の自分より適しているし、娘にとっても女の家族がいる環境のほうが良いと思われた。
そして、その知人のもとで、宝は実の子供と同じように愛情を込めて育てられたが……魔力量が多すぎて、とうの昔に魔術具は金粉化して消えていた。そのため、しょっちゅう熱を出して寝込んでばかりの虚弱な娘と思われて育つ。平民は魔力の扱いについてなど知らない。身食いの熱が魔力であることも、平民の薬が無駄であることも知らなかった。娘は何度も死にそうになりながら自力で圧縮して生き延びていたが、高熱から記憶を失って、自分が本当に平民であると思いながら育っていた。
旅商人がついに商家の娘と結婚し、跡取り娘の伴侶として商人になった頃には、娘は完全に平民の生活に馴染んでいて、貧しいながらも幸せに暮らしており、自分の元に引き取ることができなかったらしい。商人となった元旅商人の男は、下級貴族を顧客にもつ成長中の商家を利用して力を伸ばし、中級貴族と繋がり、やがては上級貴族に顔つなぎができるようになってから、預かっている宝を届けようと計画していた。娘の扱いは、その時に自ずと決まるだろうと考えた。
そんな時、平民として晴れて洗礼式をあげるに至った娘が、虚弱な身体ゆえに式の最中で倒れていまう。魔力を暴走させる一歩手前の状況で、フェルディナンドの目に留まったのだった。
「記憶も見ずに良くぞそこまで調べたな。大変だったであろう」
「ああ、裏付けを取るのにかなり苦労したようだ……」
「それで、その娘は結局どこの家に届けられる予定だったのだ? その旅商人だった男は当然知っていたのだろう?」
「もちろんそれも確かめた。疑われずに届けるからには、上級貴族の娘であるという何かしらの証拠を持っているだろうからな。だが、なかなか男も口が固くてな……どうやら情報通のようで、貴族の派閥が割れて争っていることまで知っていた。私がその娘の敵対派閥である可能性を警戒したのであろう」
「ほぅ、なかなか胆力のある男ではないか。さすが父親を裏切ってまで義を通そうとしただけのことはある」
「私は彼らを説得するため神殿に呼び出し、その話が本当ならば決して悪いようにはしないとして、私の身分を明かした。それほど娘の魔力は豊富であったし、それ以外にも利用価値がかなりあり、エーレンフェストのためにも領主一族に取り込むべきだと判断した。偽ることを許さないと厳命したのだが、その元旅商人は私が領主の弟と知って安堵していた」
「なぜだ? 其方が派閥に属さないことまで知っていたのか?」
「いや……彼は目当ての人物に一足飛びに会えたことに安堵したのだろう。ようやく重たい責務から解放されるのだからな」
そう言ってフェルディナンドは魔石のついた首飾りをテーブルの上に置く。
それは?と疑問を浮かべるカルステッド。
「それが彼の安堵した理由と、娘が上級貴族の子であるという証拠の品だ」
カルステッドが手に取って見てみると、魔石には獅子の紋章が刻まれていた。
「これは……どういうことだ、フェルディナンド」
「カルステッド。その娘は、旧ベルケシュトックから運ばれてきた宝だった」
「ベルケシュトック……まさか!」
「彼女は……その娘は、我々の従妹にあたる、という事だな」
「では、叔母上の……連座で亡くなったというのは、政変の粛清のことか! いや、しかし……其方を疑うわけではないが、にわかには信じ難い話だぞ。夏に洗礼式ということは、その娘は七歳なのだろう? 叔母上のお歳を考えると……」
「おそらく数年間は時を止める魔術具の中にいたのだ。目覚めた時の身体は洗礼前のままだったろう。それからすぐに子供用の魔術具が壊れたことからも、もともと魔力が多かったのではないか? ならば身体の成長は極端に遅れていたと思われる。なにも知らない平民が、外見から年齢を推定したのなら、実年齢よりかなり歳下と判断されて育ったはずだ」
「そうか……貴族院前のその歳で、自力で魔力圧縮して生き延びたのか。成長が阻害されても仕方はないか……だが、なんというか……よく今まで生きてこられものだな」
「それもまた、彼女の実年齢が関係しているのかもしれぬが……そうとう精神力が強いことは確かだな。ボニファティウス様の姪御というのも肯ける」
「はははっ、言われてみればそうかもしれぬな。しかし、叔母上の娘か……父上が知ったら喜ばれるだろうな。口には出されなかったが、妹一家を救えなかったことを悔しく思われていたはずだ」
カルステッドは昔を思い出すように上空を仰ぎ、グイッと酒を飲み干した。父親への報告について、従妹の扱いについてなど、相談すべきことは山ほどある。これから更に忙しくなるのかもしれないが、カルステッドは晴れ晴れとした気持ちだった。
減る一方だった親族が、久しぶりに増えるのだ――
秋も深まりを見せ始め、そろそろトロンベの討伐に備えて騎士団寮に引きこもる頃。
カルステッドは珍しく自宅に帰宅して、これまた珍しい客を私室に通して酒を出していた。普段からお固いやつで、話が終わるまで酒に手をつけることは無さそうだが……今夜は更に深刻そうな顔をしている。いつも以上に真面目な話であることは一目瞭然だった。
この歳の離れた従弟が異母兄抜きで自分と話したいということは、またもや状況を悪化させるような事があったのではと、神殿に閉じ込められている彼の身を案じた。
フェルディナンドは話し始める。この夏、平民の洗礼式で、魔力の高い身食い≠見つけたこと。その平民の身食いが持つ魔力量が、上級貴族をしのぐ量であったことを。驚いたカルステッドだったが、真っ先に貴族の隠し子なのでは?と疑った。その問いに彼は「私も当初はそれを疑った。他領の間者かもしれぬ可能性も考慮して接触し、早急に背後を調べたのだ」と言う。そして衝撃の事実がわかったのだと……その顔は硬い。
悪い結果か?と話を促せば「結論から言うと、その子供は他領の上級貴族として生まれた娘だった」と。少し長くなるがと前置きして、信じられないような経緯(いきさつ)が語られるのだった――
事の始まりは他領で起こったよくある話。とある娘の一家が、本人たちに罪はないものの、一族の連座で処罰される運命となった。両親はそれを受け入れたが、二人には洗礼間近の娘がいた。人として数えられない今なら間に合う。せめて娘だけは逃してやりたいと、信頼のおける商人を経由して、旅商人に愛娘を宝≠ニ称して母親の生家に運ばせ、身柄を保護してもらえるよう託した。
しかしどこで秘密が漏れたのか、商人にも執拗に追手が迫り、その商人は自分に借りがあって信頼できる旅商人仲間に荷物≠ニ称した宝を密かに託す。とある上級貴族から亡くなった家主の家宝をエーレンフェストの実家に届けるように≠ニ命令されたのだと話を通し、必ず荷物を届けて欲しいと念押しした。
だが、道のりは遠く、数年かけて運ぶうちに、その旅商人の一家は貧困に陥る。預けられた金も魔石も底をつき、このまま荷運び業を優先していては生活が成り立たない。しかし、その特殊なその荷物は管理するのに高品質な魔石を使う。魔石の効力がなくなる前に、エーレンフェストの領都にある貴族の元に辿り着かねばならない。それは時間との戦いで、絶望的な計画だった。
真実を知らぬ旅商人一家の主は家族や仲間を思って決断し、その荷を捨てて逃げることにした。そして荷物は森に捨てられたが、夜中に抜け出した跡取り息子がそれを許さなかった。彼は持ち逃げしてきた最後の魔石を使って荷物の箱から宝≠取り出して、自分一人の力でエーレンフェストに届けるつもりであった。だが、中から出てきた宝は上級貴族の女児だった。時を止める魔術具から目覚めた娘は最初は驚いて混乱していたが、エーレンフェストの親戚に会いに行く予定であったことを話し、目の前の男が自分を助けてくれたことを知り、領都に連れて行ってくれるという話を信じて従った。貴族の娘を平民に擬態させるため、旅商人の息子は娘の衣装や指輪の魔石を売り払って支度を整えた。大金が手に入ったおかげで二人は無事に領都にたどり着く。そして旅商人の男は全財産をはたいて市民権を買い、仕事をしながら富裕層の商家の跡取り娘に目を付けると求婚し続けた。
大事な宝(むすめ)はその間、親身になって仕事を紹介してくれた知人に預けていた。その知人は自分の娘を亡くしたばかりの兵士で、歳の近い女児が一人いて子育てにも慣れていた。独身の自分より適しているし、娘にとっても女の家族がいる環境のほうが良いと思われた。
そして、その知人のもとで、宝は実の子供と同じように愛情を込めて育てられたが……魔力量が多すぎて、とうの昔に魔術具は金粉化して消えていた。そのため、しょっちゅう熱を出して寝込んでばかりの虚弱な娘と思われて育つ。平民は魔力の扱いについてなど知らない。身食いの熱が魔力であることも、平民の薬が無駄であることも知らなかった。娘は何度も死にそうになりながら自力で圧縮して生き延びていたが、高熱から記憶を失って、自分が本当に平民であると思いながら育っていた。
旅商人がついに商家の娘と結婚し、跡取り娘の伴侶として商人になった頃には、娘は完全に平民の生活に馴染んでいて、貧しいながらも幸せに暮らしており、自分の元に引き取ることができなかったらしい。商人となった元旅商人の男は、下級貴族を顧客にもつ成長中の商家を利用して力を伸ばし、中級貴族と繋がり、やがては上級貴族に顔つなぎができるようになってから、預かっている宝を届けようと計画していた。娘の扱いは、その時に自ずと決まるだろうと考えた。
そんな時、平民として晴れて洗礼式をあげるに至った娘が、虚弱な身体ゆえに式の最中で倒れていまう。魔力を暴走させる一歩手前の状況で、フェルディナンドの目に留まったのだった。
「記憶も見ずに良くぞそこまで調べたな。大変だったであろう」
「ああ、裏付けを取るのにかなり苦労したようだ……」
「それで、その娘は結局どこの家に届けられる予定だったのだ? その旅商人だった男は当然知っていたのだろう?」
「もちろんそれも確かめた。疑われずに届けるからには、上級貴族の娘であるという何かしらの証拠を持っているだろうからな。だが、なかなか男も口が固くてな……どうやら情報通のようで、貴族の派閥が割れて争っていることまで知っていた。私がその娘の敵対派閥である可能性を警戒したのであろう」
「ほぅ、なかなか胆力のある男ではないか。さすが父親を裏切ってまで義を通そうとしただけのことはある」
「私は彼らを説得するため神殿に呼び出し、その話が本当ならば決して悪いようにはしないとして、私の身分を明かした。それほど娘の魔力は豊富であったし、それ以外にも利用価値がかなりあり、エーレンフェストのためにも領主一族に取り込むべきだと判断した。偽ることを許さないと厳命したのだが、その元旅商人は私が領主の弟と知って安堵していた」
「なぜだ? 其方が派閥に属さないことまで知っていたのか?」
「いや……彼は目当ての人物に一足飛びに会えたことに安堵したのだろう。ようやく重たい責務から解放されるのだからな」
そう言ってフェルディナンドは魔石のついた首飾りをテーブルの上に置く。
それは?と疑問を浮かべるカルステッド。
「それが彼の安堵した理由と、娘が上級貴族の子であるという証拠の品だ」
カルステッドが手に取って見てみると、魔石には獅子の紋章が刻まれていた。
「これは……どういうことだ、フェルディナンド」
「カルステッド。その娘は、旧ベルケシュトックから運ばれてきた宝だった」
「ベルケシュトック……まさか!」
「彼女は……その娘は、我々の従妹にあたる、という事だな」
「では、叔母上の……連座で亡くなったというのは、政変の粛清のことか! いや、しかし……其方を疑うわけではないが、にわかには信じ難い話だぞ。夏に洗礼式ということは、その娘は七歳なのだろう? 叔母上のお歳を考えると……」
「おそらく数年間は時を止める魔術具の中にいたのだ。目覚めた時の身体は洗礼前のままだったろう。それからすぐに子供用の魔術具が壊れたことからも、もともと魔力が多かったのではないか? ならば身体の成長は極端に遅れていたと思われる。なにも知らない平民が、外見から年齢を推定したのなら、実年齢よりかなり歳下と判断されて育ったはずだ」
「そうか……貴族院前のその歳で、自力で魔力圧縮して生き延びたのか。成長が阻害されても仕方はないか……だが、なんというか……よく今まで生きてこられものだな」
「それもまた、彼女の実年齢が関係しているのかもしれぬが……そうとう精神力が強いことは確かだな。ボニファティウス様の姪御というのも肯ける」
「はははっ、言われてみればそうかもしれぬな。しかし、叔母上の娘か……父上が知ったら喜ばれるだろうな。口には出されなかったが、妹一家を救えなかったことを悔しく思われていたはずだ」
カルステッドは昔を思い出すように上空を仰ぎ、グイッと酒を飲み干した。父親への報告について、従妹の扱いについてなど、相談すべきことは山ほどある。これから更に忙しくなるのかもしれないが、カルステッドは晴れ晴れとした気持ちだった。
減る一方だった親族が、久しぶりに増えるのだ――
2023/04/02