赤い実はじけた


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四章 お留守番の収穫祭 side M


◆新しい側仕えの選定

 朝は家族に起こされて、二の鐘でルッツが迎えにきたら一緒に神殿に行く。出迎えたフランとルッツが体調管理の情報共有をして、ルッツはそのまま工房へ、わたしは孤児院長室に行って着替えたら、女子棟の子供達や工房の見回りをする。昨日の報告を受けて問題があれば考えて、改善のための案を出す。厨房に寄って指示を出したり、男子棟から人手を募る時もある。孤児院長室に戻ってフランのお茶で一息ついてから、書類を読んだり思いついた事をまとめたり、雑務をこなしてその日の昼食の指示を出して。レシピが難しければ直接エラたちに教えに行く。
 三の鐘が鳴ったら神官長室に向かう。神官長の書類仕事のお手伝いをして、ついで質問したり相談にのってもらうこともある。休憩を挟みつつ黙々と仕事をこなしたら、四の鐘で昼食だ。そのまま神官長室で食べることもあるし、孤児院長室まで食べに来てもらう時もある。たいていは新作の試食目的で、貴族に受け入れられるかどうか、神官長に意見をもらうのだ。レシピをお買い上げいただくまでが様式美。今やってる事業の進捗とか、新しい試みの報告とかもお喋りしながら済ませてる。
 食後は盾に奉納したり、魔石に余分な魔力を移したりする。わたしの身体には過度な魔力圧縮でできた魔力の塊のようなものが沢山あって、それが魔力の流れを悪くしているらしい。倒れやすいのもそのせいで、塊を溶かす効果のあるお薬を毎日飲むようにしている。薬の効果をみるために、医術の心得まである神官長が軽い診断をしてくれる。魔力の流れがだんだん良くなってくると、勢い溢れるみたいで制御が難しい。体の成長を促すために徐々に圧縮率をさげていく必要があって、箱を開けて少しずつ圧縮した魔力を解放している。これらが魔力の扱いの訓練にもなっていて、余分な魔力を移しがてら大きい魔石や小さい魔石を金粉化しないように注意しながら染めていく。魔力の調節に失敗して金粉化しちゃっても、それはそれで貴重な素材になるらしい。さすがは効率主義の神官長。全てにおいて無駄がない。どうせ身食い≠フ研究も兼ねているんだろう。
 午後はギルベルタ商会を行き来しているルッツと打ち合わせか、商会や工房に話し合いに行って直帰する。それ以外の日はもっぱら神殿でお勉強の時間。フランに貴族の常識として文化的なことを教わったり、立ち居振る舞いや言葉遣いをつどつど矯正されて、神殿の儀式や神事、祝詞や神様の名前をおさらいしたり、資料や古語の聖典を読んだりね!
 五の鐘が鳴ったら帰宅の準備。神官長室に挨拶に行き、お話ししながらルッツの到着を待つ。知らせが来たら孤児院長室で着替えてお家に帰って夕食だ。
 わたしの一日はそんな感じ――だったのだけど。収穫祭に入った頃からまた少し変わってきた。
 まず最初に土の日の読書タイムがなくなって、神官長室でお手伝いすることも減ってきた。神官長が用事でいないとかで、これまで省略されていた面会依頼≠出すよう言われた。忙しいなら尚更お手伝いすると言い張ると、書類が孤児院長室に届けられるようになった。解せぬ。
 これでは質問できないではなないかと憤ったけど、質問する必要のない仕事ばかり回されていた。何かあってもフランに聞けば解決する。面会依頼も、本来ならこれが正しい貴族のやり方なのだと言われてしまえばぐうの音も出ない。
(いやね? 別にいいけどね? 神官長は本当に不在なのかねぇ? それとも隠し部屋にこもって研究中とか? 食事を抜くとわたしが怒るから、面倒で締め出されちゃってるのかも?)
 モヤモヤとしながら書類を捌く。毎日のように顔を合わせていた人が、急にいなくなるとちょっと心配になるじゃない? わたしに隠れて何してるんだろう、とか。わたしに言えないような疾しいことをしてるんじゃ、とか……ついつい悪い方に考えてしまう。
(でも、仮にそうだったとしても、わたしにどうこう言う資格はないんじゃない?)
 一応、契約的には未来の嫁かもしれないけど……現状、ただの金食い虫だ。わたしの体調を整え、体質を改善するためのお薬が、べらぼうに高いことは知っている。対価は十分にもらってると彼は言うが、絶対にそんなことは無いはずだ。わたしが神官長にしてあげられるのは、せいぜい目新しくて美味しい食事とか、きちんと休むように促して生活改善することで顔色を良くしてもらうとか、余分な魔力を使ってもらうとか、そんな事だけだ。貴族になるために必要なこととはいえ、タダで色んな教育をしてもらって、本も用意してくれて、お医者さんとして面倒みてもらってて……全然ちっとも釣り合ってない。
 それなのに合間でわたしは私財を投じて趣味の事業を運営し、好きなものを好きなように作って売って楽しんでいる。本を作って広める野望は絶対に諦めたくないけど、居た堪れない時はある。家族と朝晩を賑やかに過ごし、わたしばかりが良い思いをしている気がするのだ。
 返せない恩ばかりが積もっていく――
 家族と一緒に美味しいごはんを食べて、幸せだなぁって思う時……あの人はどうなんだろう?ってふと思う。いつも無表情か顰めっ面で、一人で静かに過ごしているように見えるけど、それが貴族の当たり前なんだろうか。確かに身の回りにはお世話してくれる側仕えたちがついてるから、そういう意味では一人じゃないけど……それって家族≠ニは違うよね。前に、ここにいるのは家族に必要とされなかった者ばかりだからって、神官のことを話してたし。
 でも神官長には異母兄がいるんだし、そのお兄さんの仕事をいつも手伝ってるんだから、交流はちゃんとあるのかな……義理の母親からは憎まれてる状況で、仲良くできたりするのかな?
 そんな心配を勝手にしていたら、神官長から新しい指示がきた。

   ◇  ◇  ◇

2023/04/02



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