赤い実はじけた


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三章 土の日の指令 side L


◆慌ただしくも喜ばしい出来事

 ベルが鳴り、ラザファムは裏口の扉を開けて急な来客を招き入れた。相手は同じ主に仕えていた元同僚だ。表向きの立場は変わっても、互いに変わらぬ忠誠で尽くしていこうと日々を過ごしている。ラザファムよりずっと身分が上の相手だが、自分たちは今でも同じ主に仕える仲間なのだ。相手も同じ思いなのだろう。変わらぬ態度で、挨拶もなく気安い関係だと示してくる。
「急な訪問で悪いな、ラザファム」
「いえ、こちらはいつ来てもらっても構いませんよ」
「フェルディナンド様は相変わらずか……」
「そうですね……」
 互いに考えることは同じなのだろう。滅多に帰らない主の帰宅を心待ちにしながら、いつでも受け入れられるように館を管理しているラザファムだった。元同僚であるユストクス。上級貴族の側仕えで、優秀な彼は今、城で文官の仕事をしているらしかった。城勤めの文官手伝いは良くても、正式に側仕えとして働くのは己の決めた主以外は有り得ないということだろう。ラザファムは側近に与えられた時のままの私室に彼を通し、お茶を出してもてなした。ユストクスが範囲指定の盗聴防止の魔術具を持ちだして設置していく。重要なことも話すつもりらしい。
「貴方こそ、今年は徴税官として働くと言っていませんでしたか? そろそろ忙しい時期でしょう。大丈夫なのですか?」
「神官長になられて変わるかと思ったのだが、どうやら今年もフェルディナンド様は収穫祭には出向かれないようだ。ならば私が参加する意味がないからな、予定を作って断った。大事な会合があると言ってな」
「なるほど。私は体のいい口実に使われたのですね」
「気にするな、本当のことだ。しかし、少ない可能性に賭けてみたのだが……やはり主は頑なに籠られているようだ。我々との接触を拒んでおられる」
「少なくとも神殿で命の危険に晒されることはないと仰っていましたが……暮らし向きが良いとはとても思えません。私はここから離れられませんし、知りたいのです。アウブはいつまでこの状況を許すおつもりなのでしょう。ユストクスはなにか知っていますか?」
「あまり良い噂は聞かないな。相変わらず、ヴェローニカ様には弱腰だ……フロレンツィア様は娘を領主候補として教育して対抗なさるおつもりらしいが、夫が母親の言いなりでは難しいだろうな。祖母に育てられている長男が時期アウブと公認しているのだ。それでも、フェルディナンド様さえその気になってくだされば――」
 二人同時に黙り込み、ゆっくりとお茶と一緒に言葉を飲みこんだ。
「フェルディナンド様は、お優しいですから……」
「そうだな……身内に甘いところはさすが兄弟といったところか。皮肉なものだな」
 妻と子を失って、痛々しいほど消沈していたエックハルトの姿を思い出す。主もお心を痛めておられたことを知っている。我々を守るためにも側近を解散したのだと分かっている。それでも、諸悪の根源である領主の母を、無理にでも捕らえようとはしなかった。証拠がないと言う兄(アウブ)に従って、説得することを諦めたように神殿入りを受諾した。
 アウブは何故、優秀な弟を助けようとなさらないのでしょう。フェルディナンド様があれだけ慕っておいでで、アウブも頼りにされていたのに何故?
 ラザファムにはそれが歪な関係のように思われた。いつもフェルディナンド様だけが辛い思いをされている――
「ところでラザファム、最近フェルディナンド様の我々を包む魔力に変化がなかったか? 私より其方のほうが影響を受けやすいだろう?」
 どうやらユストクスの本題はこちらのようだった。そしてラザファムもまた、一人で悶々としていたので相談相手ができたことは素直に嬉しい。
「やはりユストクスも察知していたのですね。私も、このところ急に不安定になって、お心を乱されておられる様子に心配していたところなのです。私には何もできないことが歯痒くて」
「それほどか? その頻度は? 変化があったのはいつからだ? 私は夏の初めに急激な増加を感じたが、それ以降の変化は分からなかった。お怒りの波動ではなかったと思うが。フェルディナンド様の身になにか良くないことでもあったのだろうか……其方にはどのように感じられたのだ?」
「そうですね、始まりは私も夏でしたが、極端に頻度が増えたのは二月ほど前からでしょうか。どちらかというと、以前より穏やかで温かくなられたような気はするのです。ですが唐突に重く陰ってしまわれることもあって……なにか難しい問題と向き合っているのではないでしょうか?」
「……神殿で問題といえば、神殿長のことだろうか。しかし、あれは小物であろう。フェルディナンド様を本気でどうこうできるとは思えん。まさか親しくなられた神官でもできたというのか? いくら貴族街と隔離された神殿内とはいえ、フェルディナンド様は正式な貴族だ。他の青色神官とは違う。妬まれることはあれど、慕われることは難しいのでは? 青色では名捧げもできぬし、フェルディナンド様が他人にお心を許すなど……そんな事があり得るのか?」
「そうですね。私も嫌がらせ程度ではフェルディナンド様の手を煩わせることはあっても、お心に打撃を与えられるとは思いません……神殿長は最初からずっと同じ人ですし、別の何かが理由だと思うのですが……この頃は確かに揺らいでいる気がするのです。それが良い意味なのか悪い意味なのか、分からないことが不安で……お元気にしておいででしょうか」
「私も、前アウブの葬儀でお見かけした時の姿が忘れられない……あのまま消えてしまうのではと思ったくらいだ。まこと……お側にいられないというのはきついな」
 ユストクスが無理にでも潜入して探るべきかと思案し始めたころ、遠くからオルドナンツが飛んでくるのが目に入った。おそらく城からユストクスに送られた鳥だろう。そう考えながら茶を飲みつつ見守っていると、驚いたことに真っ直ぐにラザファムの手元に向かってきてとまる。
「ラザファム、私だ。急だがこれから館に帰るので準備を頼む。昼食は不要だ。それから五の鐘までに神殿の料理人をそちらに送るので、夕食は彼らに任せて欲しい。料理人には材料だけ用意するよう通達せよ」
 聞こえてきた懐かしい主の声に、ラザファムはユストクスと目を合わせて固まった。
「「…………」」
 三回目が繰り返され終わるまで、二人は身動きせずに聞き入っていた。
「……フェ、フェルディナンド様がお帰りになるだと!? なんという幸運! ラザファム! 私はこのままここに残るぞ。良いな?」
 ラザファムはこくこくと頷いた。数年ぶりの主の帰宅が嬉しくてたまらなかった。きっとユストクスも同じ気持ちだろう。久しぶりに目が輝いている。
「ええ、もちろんです。しかも料理人を派遣されるなんて……」
「ああ、驚きだな。フェルディナンド様から食事の指示があるなど……神殿の料理人か。これは何かあるぞ。こうしてはおられぬ! 私は一階を整えるので其方は地階に指示をッ」
 そう言いながらユストクスは魔石に戻ったオルドナンツを叩いていた。
「フェルディナンド様、ユストクスです。偶然たまたまラザファムに所用があり共にいたため拝聴することが叶いました。私も館に残りますので是非とも追加のご指示を!」
 嬉々として返信を飛ばすユストクス。ラザファムは了承の返事を送り損ねてしまったが、心は弾んで温かった。お茶の準備と、菓子は何を用意しようか、食材に不備はないだろうか……次々と必要なことを考える。オルドナンツが再び届き、今度はユストクスの元にとまる。
「落ち着きなさい、騒がしい。……暇なら素材の確認を。調合で高品質の火属性か、土属性が必要になる」
 今度こそラザファムは魔石を受け取って、ユストクスの興奮具合を抑えつけながら了承の返事をしたのだった。お帰りをお待ちしておりますとの声かけと共に――

  ◇  ◇  ◇

2023/04/02



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