「イルミが死んだんだ」

夜景が売りのホテル最上階のレストラン。メインディッシュの前でヒソカは言った。

「へえ、そう」

どうせ彼お得意の冗談だろうと本気にしないでいたら携帯を開いてよこされた。半信半疑で画面を覗く。

地面に散らばる見覚えのある長い黒髪、不自然に曲がった四肢、生気のない瞳。

見ればわかる。死んでいる。職業柄それが偽物でないのもわかった。
自分のケータイから電脳ページをめくってみると予想通りその情報は大々的にニュースとして書き込まれていた。"ゾルディック家長男死亡"。
動悸がした。

「…イルミは」

「なんだい」

何がおもしろいのかヒソカは笑っていたけれどその不謹慎さを気にとめる余裕はなかった。

「イルミはいつか死ぬこともあるってわかっていてこの仕事をやってたんだものね」

だから仕方ない、いつか来る別れだった。思ったよりも早かったけれど。

イルミとは同業者というだけの間柄なはずなのに、平静でいられるほど無関心にもなりきれなかった。

「僕だよ」

「え?」

「僕が殺したんだ」

ヒソカはふと笑みをなくして言った。

「…なんで」

「イルミはもう飽きたし、何より暇だったからね」

ヒソカなんて死んでしまえと思うことは多多あったけれど、殺そうと思ったのはこれがはじめてだ。

テーブルのナイフを掴んだ。あくまでメインを切り分けるふりをして殺すタイミングをうかがう。きらびやかなシャンデリアの光を受けて銀のナイフが鋭く光る。

「 」

何か言おうと開いたヒソカの口が言葉を発っしない内にナイフをおどらせた。

―それがヒソカの思うつぼなんだよ。

いつだったかヒソカにからかわれてムキになってばかりいた私にイルミが言った言葉を思い出す。思考が急に冷めていった。
ああ、そうか。ヒソカがイルミの死を私に教えたのは闘いたいがためだ。怒りで最も強くなった私と。
その手に乗ってヒソカを喜ばせるなんてまっぴらだ。

一瞬の思案の末、なんの威力も与えられずに私の手を離れたナイフが重力に従って床へ落ちた。すぐさまボーイさんがやって来て片付ける。
私からの攻撃を期待していたのだろう、ヒソカは怪訝そうな顔をしていた。

「やだ、落としちゃった」

「相変わらずそそっかしいね、君は」

「そんなことないもの」

顔を見合わせてどちらからともなく笑いあった。互いに戦闘意欲と殺意をひそめながら微笑み合う奇怪な男女がそこにいた。




…そもそもイルミが殺されたからといって何を私が憤る必要がある。恋人でもなければ友人でもない。ただの同業者で顔を合わせる機会が多いというだけだ。イルミがヒソカに殺された?だからなんだ。
ようやく平常心を取り戻した私にヒソカが目を細めて笑った。

「ナマエにも見せたかったよ」

背筋が寒くなるような嫌な笑顔だった。

「何、を」

聞いてはいけないと頭の隅では解りながら聞かずにいられなかった。

「イルミの死に際」

極上の笑みを浮かべるヒソカに指先がさっと冷たくなった。

「苦しそうに身もだえたあの無様な姿…!」

その時のことを思い出したのか滑稽だったとでも言いたげにふきだすヒソカ。かと思うと突然胸を痛めたように沈痛な面持ちをした。

「かわいそうに、痛かっただろうね…。ああでもハルにも見せてあげたかった…!」

息荒く舌なめずりをするヒソカに、とうとう一度はおさめたナイフを放ってしまった。それがヒソカの思うつぼだろうと、もうどうだってよかった。異常なほど苛立っていた。

待ってましたとばかりにトランプが応戦してくる。弾かれたナイフが窓ガラスを砕き、破片が私の頬をかすめ傷をつくった。周囲の客が悲鳴をあげる。混乱する隣テーブルからナイフとフォークを拝借しヒソカへ飛ばすとトランプが私めがけて空を切った。互いに避けて体勢をととのえる。

客や店員が次々に避難していくのを目の端でとらえながら距離をつめて肉弾戦に持ち込んだ。
テーブル上で皿やグラスを蹴散らかしながら殴り殴られ蹴り蹴られ、互角に撃ち合う。蹴り上げたワイン瓶がヒソカのこめかみに命中して割れると彼は浴びた液体を舐めて嬉しそうに笑った。

今まで隠してきた本気のスピードを出してヒソカの間合いに入り込みドレスの下に隠し持っていた銃で殴りつける。
拳ひとつぶんの間隔が狂ったためにヒソカは避けきれず、目を見開き吐血した。高級そうなスーツの腹部が赤くにじんだ。

よろけたヒソカに私はためらいもなく銃口を向けた。きっと今までのどんな殺しよりも冷酷になれている。

「!」

けれど引き金に力をこめかけた瞬間身体中が痙攣しだした。
金縛りにあったかのように手足が思うように動かない。やられた、毒だ。食事中も一切警戒は怠っていなかったはずなのに一体いつ…。
冷笑したヒソカに顔面を掴まれ背中から床に叩きつけられた。一瞬息ができなくなる。

「僕がいつ毒を盛ったのか知りたいかい?」

馬乗りになったヒソカが喉の奥で笑い私の頬に手をのばした。ガラスで切った傷口に爪をはわされ鋭い痛みが走る。私は舌打ちをしたくなった。
つまり、ナイフを弾いたあの時ヒソカは砕けた窓ガラスに紛らわせて毒をぬったガラスを私に向かって飛ばしたのか。迂闊だった。

「ナマエ、僕の狙いは君と闘うことだと思い込んでるだろ」

思い込んでる?私と闘うことが狙いじゃないならヒソカの本当の目的は何だ?
わからない。ただヒソカを睨みつけることしかできない。

「そんな目で見るなよ」

興奮するだろ。熱に浮されたような声でヒソカは言った。銃を取り上げられ、手首を掴まれ床に押し付けられる。荒々しく身体を撫で回され、その異様な手つきに唐突に合点がいった。
そういうことか。はじめからこれが狙いで、イルミの死やヒソカの戦闘狂な一面は私の気をそらし毒を仕込むための罠だったのだ。
まさか、ヒソカのセクサロイドにされる日が来るなんて。

「……」

抵抗したくても指一本思い通りにならない。口を動かすのがやっとだ。感覚からしてこの毒で死ぬことはなさそうだがどちらにしろ事が終わればヒソカに殺されるだろう。まずい。

ヒソカの手がスカートをまくり上げて内部に侵入してくる。一言だってもらすまいと唇を噛みしめた。
この上なく惨めだった。





次の瞬間、私と覆いかぶさるヒソカの間に針が飛んだ。立て続けにヒソカめがけて針が飛んでくる。それを避けてヒソカは私から退いた。

「ヒソカ、何やってるの」

聞き慣れた抑揚の無い声。そこに立っていたのは紛れも無くイルミだった。
軽々と針を避けたヒソカは尚も笑っていた。

「ナマエとデートしてたんだよ。嫉妬してるのかい?」

「ナマエは殺すなって言ったよね」

「僕はナマエを殺そうとしたんじゃない。犯そうとしたんだよ」

ヒソカが口はしをつりあげてこたえた瞬間大量の針が飛んだ。

「ひどいなあ。感謝してもいいじゃないか、君の恋路に協力した僕に」

「どこが協力なの」

イルミがこちらへ向かってくる。

「そんなのハルの目を見ればわかるだろ。コルトピに頼んで君の死体をでっちあげたんだ」

イルミはそれを聞いて私に視線を落としたけれど、どうやら顔よりも出で立ちに目がいったらしく眉を少し動かした。私自身、相当ひどい格好をしている自覚があった。
イルミは本気でヒソカと闘う気はないらしくそれ以上攻撃することなく、これ以上話してもらちがあかないと踏んだのか、事の経緯を自慢気に語るヒソカを無視した。

「……僕、邪魔みたいだし帰るよ」

やがてつまらなそうに言って立ち去るヒソカにイルミはすれ違いざまささやいた。

「今度やったら殺すよ」

ヒソカはおおげさに肩をすくめると何事もなかったかのように出て行く。

相変わらず毒で床から動けずにいる私のもとまで来たイルミは静かに膝をついて私を覗き込んだ。
何も言えなかった。

「…とりあえず泣き止んでよ」

困ったようにイルミは言って、彼なりに気づかっているのだろう、そっと私に触れて抱き上げた。その体温が私を安心させる。

「怖かった?」

嗚咽する私にイルミはきいた。首を横に振ると意外そうな顔をされた。
私もこれでプロの殺し屋だ。襲われたくらいで、小娘じゃあるまいし。


ヒソカが"ナマエの目を見ればわかる"と言ったのはイルミが現れた瞬間から私が泣き出したからだろう。
泣いてしまったのは怖かったからじゃない。イルミが生きていたとわかったからだ。

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