7ゆびきりをしよう
「なまえちゃん、おーきーてー」
目を覚ますと眼前に少女の顔。
「ん……?」
視線をめぐらすと見慣れない部屋の中。ホームの部屋とも公園の遊具の中ともちがう。
ここは……?
ああ、そうだ。昨夜キルアの兄と出会い家までついて行って泊めてもらうことになったのだ。
「……アルカ…?」
アルカは「起きて」と言ったきり黙ってじっとこっちを見ている。無表情。どうしたのだろう。
寝ぼけまなこをこすりながらなまえはアルカに言われた通り身体を起こす。
「おきたよー…」
アルカは満足げに笑って抱きついてきた。
「なまえちゃん、いいこ、いいこしてー」
「いいよぅー…」
まだ眠気にやられながらもよしよしとアルカの頭を撫でた。
「なまえちゃんのにおい、おにいちゃんといっしょー」
「このおうちの石けんのにおい、たぶん」
こたえてアルカの顔をのぞき込む。
真っ黒になっていた。目と口が深い闇のように真っ黒に。
なまえは思わず身体をこわばらせた。眠気はどこかへ行ってしまった。ただ恐ろしいと思った。
「アル……」
『アルカはほんとうはいい子なんだ。みんながそう思わなくても』
ふいに昨日のキルアの言葉がよみがえる。
得体の知れない闇のような眼と口はたしかに受け入れがたい。
けれど自分がアルカを好きだと思う気持ちも、アルカをやさしいと言ったキルアの言葉も本当だと信じている。そこには何の疑いの余地もない。それを思い出すとなぜか、不思議なことに少しも怖くなくなかった。信じられるなら怖くない。信じることは安心することに似ている。
アルカの頭の上でかたまっていた手の平が動き出す。ゆっくりと撫でる。
「いいこ、いいこ」
顔が変わってもアルカはアルカ。いいこ、いいこ。
アルカの腕がしがみついてくる。
「なまえ、スキ」
「わたしもアルカすきだよ」
ぎゅっと抱きしめ返す。
アルカは真っ黒な瞳でじっとこっちを見つめたかと思うとゆるゆると首を横に振った。
「どうしたの?」
首をかしげてたずねるとアルカも真似して首をかしげた。
「アルカ?」
呼ぶと首を横に振る。なまえはまた少し首をかしげた。しばらく考えてから何かひらめいたようにたずねる。
「……もしかしてなまえ、アルカじゃないの?」
少女はうなずく。
「そっかあ。じゃあ、なまえなんていうの?」
少女も再び首をかしげる。それから笑った。
「ナニカ」
「ナニカね!」
それからナニカはナニカ自身のことを少し教えてくれた。ナニカはずっと前からアルカの中にいたということ。外に出てくるようになったのはごく最近であること。アルカとナニカの肉体が暗殺に向いていないこと。暗殺の修業で「ああしろ、こうしろ」とできないことを命令されるたびアルカがストレスを感じていること。そのストレスからナニカが生まれたこと。そうしてアルカがおねだりするようになったこと。両親はナニカのことをまだ知らず、兄弟達だけが知っていること。自分が好かれていないこと。キルアだけがやさしいこと。
「じゃあナニカ、わたしはずっとナニカの味方だよ」
なまえはナニカの頭を撫でながら笑う。
「なまえ、ミカタ?」
「うん。わたしナニカの味方。ナニカが困ったらたすける」
ナニカは底なしの闇のような口をぷかりと開けて嬉しそうに笑った。
「だからナニカはずっとアルカの味方でいてくれる?」
ナニカは口を開けたままでこっくりとうなずく。
「アルカが困ったらたすけてね」
「あい」
ナニカはまた笑ってうなずいた。
このなまえの「お願い」が七年後もその先もアルカを守っていくことはナニカ以外誰も知らない。