5みどりいろのスコップ
いつの間にか眠っていたなまえは鳥の声で目を覚ました。すっかり朝が来ている。
新聞紙をはいで起き上がると公園を出て街を見渡す。夜とはうって変わって明るく、どこまでも見知らぬ風景が続いていた。
「いいにおい」
ただよってきたにおいに誘われて向かいのパン屋のドアを押した。
なまえは園内にもどるとジャングルジムのてっぺんに座り焼き立ての白パンをかじった。鼻歌まじりに足をぶらぶらと揺らしている。
そのころホームではフィンクスがクロロに詰め寄っているとも知らずに。
さて、ここはどこだろう。看板の地図を見ても団員達がいるホームの地名は載っていなかった。近くには聞いたこともない山さえある。そもそも家出ははじまったばかりなのだからまだ帰るつもりもない。どこだろう。どこでもいいや。なまえは楽観的に考えてくるりとUターンした。太陽の明るさのおかげか昨日の夜よりもずっと強気でいられた。
遊び相手もなく暇を持てあましてひとり遊具に座っていると、後ろから服のすそを引かれる。
「おねえちゃん、だあれ?」
見ると五歳ほどの少女が首をかしげていた。なまえは年上の団員たちに囲まれて育ったために「おねえちゃん」などと呼ばれたことがなかった。うれしくなってこたえる。
「わたしのなまえはなまえだよ」
「じゃあなまえちゃん、あそんでー」
「いいよー」
「アルカ、だれそいつ」
アルカの後ろから銀髪の少年が現れる。
「なまえちゃんだよ。あそんでっておねがいしたの」
「ふうん、そっか」
少年はなまえをじっと見たあと無邪気に笑った。
「おれはキルア。おまえ何才?」
「七才だよ」
「俺のいっこ上か。やるじゃん」
「なにが?」
「おれと同じくらいつよそう」
「わたし?わたしはよわいよ」
なまえの基準は団員だった。
「ふーん?まあ、いいや。おまえどこの子?」
「どこだろ。イーストシティの方からきたけど」
「イーストシティ!?そんなとおくから何しに来たんだよ」
「家出」
端的にこたえるとキルアは噴き出した。
「おにいちゃん、しつれいだよ」
「あ、わりー!でもなんかへんなやつだな、おまえ。おもしろい」
アルカに注意されてキルアは素直に謝った。なまえは特に気にした様子もなく、残りのパンを口に放り込みもぐもぐとそしゃくする。
「なまえちゃん、お砂場であそんでー」
アルカはスコップやシャベルの入ったバケツをガラガラと振った。
「いいよー!」
それから三人は夕方まで仲良く遊んだ。
アルカはバケツを抱え水をくみに行き、それを見送りながらキルアはぽつりとこぼした
「でも、家出か。ちょっとうらやましいかもな」
「キルアも家出したら?たのしいよ。こわいこともあったけど」
「俺はしねえよ」
なまえがすすめるとキルアははっきりとことわってポンポンと砂の山を叩いた。
「どうして?」
「アルカは俺が守ってやらなきゃいけないんだ。なにがあっても」
「なにから?」
「家族から」
「家族なのに?」
「家族だから。アルカは俺の大切な家族なんだ。みんながそう思わなくても。だから俺が守らなきゃ」
難しくてよく分からない。なまえは首をかしげた。
「アルカはほんとうは、すげーいい子なんだ」
それならわかる、となまえはうなずいた。
「じゃあさ!わたしもアルカのこと守るよ。わたしアルカすきだもん」
なまえがはりきって言うとキルアは少し驚いて、それからとびきりの笑顔を見せた。
「おまえ、いいやつだな!」
なまえもうれしくなって笑い返す。
「おにいちゃーーん」
アルカが駆け寄ってきてキルアの背中に抱きついた。
「どうしたー?」
「ミツバ、むかえにきたー」
「あー…そっか。じゃあ俺たちそろそろ帰らなきゃ」
「そっかあ、ばいばい」
「俺たちこの上のククルーマウンテンに住んでるからさ、またここであそぼうぜ」
「うん!」
「約束な!」
執事に連れられ車に乗る二人をなまえはずっと見送った。はじめての友達ができたのだ。