3バスルームのひみつ
公園から少し歩いて着いたのは大きくも小さくもないごく普通のマンションだった。
エレベーターで七階まで上がり角の一室の前で「はい到着」と男はうやうやしくドアを開いた。
「おじゃまします」
なまえはぺこりと頭を下げると脱いだ靴をそろえて上がった。
「いいこだね」
男はにこにこと笑っている。リビングに案内されてなまえはソファに座った。
「飲み物持ってくるからちょっと待っててね」
そう言い残して男はキッチンに消えた。
「ねえ、手をあらわなくちゃ」
なまえはキッチンに向かって話しかけた。
「ああ、洗面所は玄関の左だよ」
「はあい!」
なまえは元気よく返事をするとリビングのドアを開けて廊下に出た。
洗面所を見つけて早速手を洗おうとしたものの、背が低くてとても届かない。何か踏み台になるものはないかと見回す。洗面所の側には洗濯機がひとつ。その下の棚には洗剤やスポンジが並んでいた。隣のバスルームを開けて中をのぞく。
そして、悲鳴をあげそうになった。
バスルームの白い壁に、おびただしいほどの血痕が散っていた。バスタブの中には女らしきものが横たわっている。
なまえはあわてて口をおさえ、踏み込んだ足から一歩ずつ後ずさった。
これと似たようなものをフェイタンの部屋で見せられて、クロロに慣れさせられたことがある。その時は胃にあったものをすべて吐き出した。
あれに比べればずいぶんとましな光景だった。それはともかく、このままではこれと同じ運命を自分はたどるかもしれないと予感したなまえは、何も見なかったふりをするべきだと判断した。
音をたてないようにそっとバスルームを閉める。廊下へ出た瞬間、男にぶつかった。
「おっと、」
「ごめんなさい。あのね。とどかないの、あそこ。何か台、ある?」
なまえは懸命に平静をよそおった。
「やっぱりそうかい。ごめんね、気がつかなくて」
男はなまえの脇に手を入れて抱き上げた。あの女を殺した手だ。「どうぞ」と手を洗うようにうながされる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
鏡越しに目が合う。男は目を細めてにこりと笑った。
「ところでなまえ」
「なあに」
「君、見たね」