14スペシャルディナー
ホームの入り口から遠慮気味にのぞく少女の姿にシャルナークはふっと柔らかい笑みをこぼした。
「誰だっけー、君」
「え、シャル…?」
たった三日留守にしていたうちに顔も忘れられてしまったのかとなまえは一瞬うろたえる。シャルナークは少し面白がってそれから微笑んだ。
「ハハ、うそだよ。…ーおかえり」
頭をポンポンと叩いてなまえのつむじにキスを落とした。なまえはうれしげに口を結んでシャルナークを見上げる。
「……ただいま!」
そして家の奥に視線を泳がせた。
「帰ってきやがったか!」
「なまえっ!」
気がついたフィンクスとパクノダが血相を変えて駆け寄ってくる。
「パク、フィンクス」
パクノダはなんとか心を落ち着けて、なまえの目線までかがんだ。
「無事でよかったわ、なまえ」
「えへ、パクに会うのひさしぶり」
「…今までどこで何をしてたの?」
「えっとね、ともだちの家であそんでたの」
「友達?」
「うん。キルアとアルカ、あとイルミ!」
「…よかったわね」
「うん!」
「どうして帰って来る気になったのかしら?」
「えっとね、ないしょ。…でもパクに会いたかったから」
「危ない目には合わなかった?」
「ちょっとだけね。でもへいき」
「……そう」
パクノダはそう思って見なければわからないほど少しだけ目元をにじませて微笑んでいた。
その横でフィンクスは、はーっと拳をあたためたかと思うと勢いよくなまえの頭にげんこつを落とした。
「いっ…たぁーっ!」
なまえは頭を抑えてのたうちまわり涙目でフィンクスを見上げた。パクノダもあっけにとられてフィンクスを見つめる。
「ったりめーだ!…パクがどれだけ心配したと思ってんだ」
フィンクスは拳をといて手の平を振り、怖い顔でなまえを見下ろしたかと思うと小さく吐き捨てるように「馬鹿野郎」と付け足した。
「…ごめんなさいパク…」
しゅんとうなだれたなまえを、パクノダは間髪入れず抱きすくめた。
「いいわ。本当に無事で帰ってきてよかった」
耳元でやさしい声がした。きつく回された腕にパクノダがそれだけ自分を心配していたのだと思い知り、言葉で責められるよりもずっとなまえの胸は痛んだ。もう二度とパクノダにこんな思いをさせないと心に決めてなまえも強く抱きしめ返す。
そうしてから不安げにフィンクスの顔をうかがった。
「…フィン…おこってる?」
「おう」
「…ごめんなさい」
「……何がだ」
フィンクスは腕を組みしかめっ面で見下ろす。するとなまえは少女にしては妙に大人びた笑みを見せた。
「心配かけてごめんなさい。…フィンはやさしいからパクよりもたくさん心配した?」
「な、馬鹿野郎っ!俺は心配なんか」
するとシャルナークが笑った。
「なんだかんだ言ってもなまえが家出して一番騒いでたのはフィンだよね」
「へえ!」
「なっ!?」
なまえは興味津々でシャルナークを見上げ、フィンクスは意表を突かれたように目を見開く。
「書き置き見つけてギャーギャー騒いで街中出てってなまえのこと探し回ってさ、」
「ばっ!」
「しまいには賞金首ハンターに見つかって面倒なことに」
「てめー!コラ!!」
とたんに顔を赤くして掴みかかろうとするフィンクスをシャルナークはひらりと上手に回避する。
「よっと!」
そのままなまえを抱き上げると器用にフィンクスの攻撃をかわしながら逃げおおせた。
「団長、なまえが帰ってきたよー」
シャルナークはなまえをクロロの元へ連れて行った。リビングのソファで読書中の彼を見つけるなりなまえはプイと顔を背ける。シャルナークはやれやれと苦笑しながらも本から顔を上げたクロロがそれ以上ないほどご機嫌なことに気づく。まるで欲しいものを手に入れたような表情でクロロは微笑んだ。
「なまえ、おかえり」
驚くほどやわらかいその声になまえはびくりと肩を揺らしシャルナークの首にいっそう強くしがみつく。それから決まり悪そうに小さな声で答えた。
「………ただいま」
シャルナークは好機とばかりになまえをクロロの隣に降ろす。未練たらしくシャルナークを見つめたなまえを、クロロは抱き上げ膝に乗せると自分の方へ向かせた。
「腹は空いてるか?」
後退したくなるほど穏やかなまなざしで見つめてくるクロロ。
「……ちょっとだけ」
なまえは意地になって目を合わせようとしなかったが、お腹は正直にぐうと鳴ってしまった。顔を真っ赤にして固まったなまえにクロロはふきだす。
なまえは口をとがらせてすねてしまう。あともう少しというところでご機嫌取りは失敗に終わった。何やってるんだよとシャルナークはクロロを小突き再び取りなそうと試みる。
「夕飯はなまえの好きなナポリタンだよ。信じられないだろうけど団長がさっきまでキッチンに立ってたんだ」
「………しってる」
「え?」
「だからかえって来たんだ」と、なまえが小さくつぶやいたその時、リビングからフィンクスが呼んだ。
「なまえ!シャル!早く来いよ。冷めちまうぞ」
見るともうリビングのテーブルでフォークを握っている。
「はやくするね」
フェイタンやマチも席についてこちらを見ていた。
「はいはい。ほら、行こうなまえ」
シャルナークはようやく解放されて膝から降りたなまえの手をとる。
「団長は、あとで食べる?」
「…ああ」
シャルナークが振り向きたずねるとクロロはもう目もくれず本の世界に戻っている。
「これでやっと落ち着いて本が読めるね、団長」。シャルナークは胸の内でだけつぶやいてなまえに手を引かれ食卓へ向かった。
Special dinner
(なまえ、クロロからお前に伝言)
(…イルミの携帯に?…なんて?)
("今日の夕飯はナポリタンだから、冷めないうちに帰って来るように"って)