9殺意と愛着
「なまえはまだ帰ってきてないのかい?」
彼女の家出から三日目の朝。
外泊から帰ったマチは、リビングでちょうど朝食をすませた団員達にたずねた。
「帰って来てねえよ。…もうどっかでよろしくやってんじゃねえか」
刀を研ぎながらノブナガがこたえた。キッチンではパクノダが黙って食器を片付けている。
「なまえは見た目がいいからね」
とテレビの前に座りあぐらで携帯をいじりながらシャルナーク。
「そういう趣味のやつもいるから買われてるかもな」
品なく笑うノブナガをマチがにらんだ。
「冗談でもそういうこと言うんじゃないよ」
「……あ?何を言おうと勝手だろ」
立ち上がりにらみ返すノブナガにマチの眼は鋭くなる。至近距離で対峙する二人。
「下品と上品の区別もつかないのかい?」
「朝帰りが上品ならな」
「なまえをおとしめるなって言ってんだ」
「やめろ」
クロロが制す。
「ノブナガ」
ノブナガは肩を掴まれて振り向く。見るとウボォーがあごでパクノダの方をうながした。
パクノダはこの三日間なまえがいないために精神的に不安定だった。憔悴しているところに今の言葉を聞いて彼女にしてはめずらしく殺気立っている。それと眼が合ったノブナガは舌打ちするとウボォーの手を振りほどいた。
「コインは必要か?」
確認するようにクロロ。ノブナガは苛立った様子で吐き捨てた。
「……いらねえよ」
ノブナガはどかっと床に腰を下ろすと再び刀を研ぎ始めた。その隣に無言のウボォーギンが座り込む。パクノダは朝食の片付けに戻り、フィンクスがそれを手伝った。
マチはそのまま部屋へ戻った。
何事も無かったかのようにキッチンでコーヒーを淹れたクロロもやがて部屋へ戻る。
片付けを終えるとそれまで黙りこくっていたパクノダは穏やかな笑みを見せた。
「フィン、ありがとう」
「…おう。あんまり思い詰めるなよ」
「むずかしいわね」
パクノダのオーラはいくらかましになり、張り詰めていた空気がやわらいだ。フィンクスは息を吐いた。
コンコンとノックに続きパクノダの声がした。
「団長、いいですか」
「ああ、入れ」
部屋に入ったパクノダは本片手に窓の外を見ているクロロを見つける。
「なまえのことか」
「ええ」
クロロはやがて窓の外から目を離しパクノダを見た。彼女は化粧の上からでも見てとれるほど疲れた顔をしていた。
「お前がなまえを心配してるのはわかっている。それでも俺から連れ戻しに行くつもりはない」
その言葉にパクノダは少し驚く。誰がなまえを心配しているのかについて。
「あいつは所有物とは違う」
クロロはいつの間にかまた窓の外を眺めている。
パクノダも含め団員の中になまえを盗品やペットのように所有物としてあつかう者はいない。にも関わらずわざわざ口に出して所有物と区別化する意味はどこにあるのか。彼がなまえを所有したがっているとしたらどうだろう。今のは自己抑制的な言葉であって彼にはやはりなまえを連れ戻す手段があるのだ。手段はあるが行使しないと、そういう意味だ。そこまで考えてパクノダは少し微笑む。
「なまえのことを心配してるのは団長、貴方の方です」
パクノダの言葉にクロロは何も言わず振り返った。
「もちろん私もですが、そうやって外を見ていてもなまえは今日まで帰って来ませんでした」
「ああ」
クロロがこの見晴らしの良い窓からどれだけの間なまえの姿を探していたか想像して、パクノダはかわいた笑みをこぼした。