ホームシック・ナポリタン | ナノ


8少女について


時はさかのぼり、なまえの家出が発覚した日の昼下がり。めずらしく部屋から出てきたクロロがカウンターキッチンでコーヒーを淹れている。

「…団長ひとりって変な感じ」

リビングの床から何気なくキッチンを振り返ったシャルナークがひとりごとのようにつぶやく。

「だよなあ」

隣で腕立て伏せをしながらフィンクスがうなずいた。
一日のほとんどを部屋にこもって読書に費やすクロロが一瞬でも部屋から出て来ると、いつもならなまえがまとわりついて話しかけるのだ。しかし今なまえはいない。
クロロはコーヒーを手に、もう片手に開いた本へ視線を落としながら部屋へ戻っていった。
シャルナークは大げさにため息を吐いた。

「なまえ帰ってこないかなー」

癒しが足りないんだよね、とつぶやく。

「あいつが癒しになるかあ?」

フィンクスは理解できないという顔をした。シャルナークはにこりと笑う。

「うん。なまえはいいよ、うるさくないし」

「いや、うるさいだろ。暇さえあればきゃーきゃー走り回ってよ」

フィンクスはあの騒々しさを思い出して青ざめながら笑った。

「そういううるさいは割と嫌いじゃないなあ。でも女の人って、いちいち連絡とらないとうるさいんだよね」

「お前が遊んでる女と比べるな。なまえはまだ7歳だぞ」

「なるほど、年下だからいいのかもね。俺が付き合ってるの年上多いからなあ。あ、今付き合ってる人全員年上だ」

「…相変わらず最低だな。お前が年上相手にしまくった反動でロリコンになろうと知らねえけど、なまえはぜってえダメだからな」

「わかってるよ。団長が黙ってないだろうしね。」

「そこなんだよな。団長は自覚がねえんだよ。なまえのこと義理で育ててると思い込んでる気がすんだよな」

「…そうじゃなくて、なまえはめんどくさくなくていいって話だよ」

「ああ?充分めんどくせえだろ。ことあるごとに遊べ遊べって」

なまえのいる生活を思い出して、フィンクスはげんなりした様子で頭を垂れた。

「それはフィンに任せるからいいとしてー」

「任せんなよ」

「女の子だしやわらかいしー」

「お前それ団長の前で言うなよ」

「わかってるよ。それに、なにより可愛い」

「…どっこが可愛いんだよ」

フィンクスは毒づいた。しかしその顔はデレデレとゆるんでおり、親馬鹿まるだしの表情になっている。まるで説得力がない。

「フィン、顔気持ち悪いデレデレしないで」

「るせえ」

白い目で見るシャルナークにフィンクスは頬を染めて横を向く。
そんなふうに話していたところへクロロがもう一度リビングに現れた。外出するらしく、部屋着からスーツに装いが変わっている。もとより前髪を下ろしていた額には白い包帯がされていた。

「団長どっか行くの?」

シャルナークがたずねる。

「ああ。食糧を調達しに出てくる」

わざわざクロロが行かなくとも食糧に関してはパクノダが抜かりなくやっているだろう。シャルナークは思いながらも言及しないでおく。

「夕飯は?」

「先に食べていい。遅くはなるが帰る。パクには伝えた」

「わかった。いってらっしゃーい」

シャルナークに送られるクロロを、フィンクスは何か言いたげに見ていた。視線に気づきながらもクロロはその前を通り過ぎる。フィンクスは声をかけるべきか否かひどく逡巡していた。

「どうした。俺と一緒に行きたいのか?」

玄関の前でようやく足を止めて振り向いた好青年はフィンクスをからかうように笑う。一瞬あっけにとられたフィンクスは、やがて赤面した。

「そっ…んなんじゃねーよっ!はやく行け!」

焦ったように手元のダンベルを投げる。ものすごい速さで向かってくるそれをクロロはあっさり避けて玄関に消えた。ドアが開閉する音。
ダンベルがめり込んだ壁を見てシャルナークが肩をすくめた。

「今朝なまえのことで団長に詰め寄ったの、気にしてたんだろ。でもダンベル投げてどうするんだよ。まったくフィンは素直じゃないんだから」

「……う」

図星を言い当てられたフィンクスは苦虫を噛み潰したような顔で黙り込む。同時にリビングへやって来たフェイタンがシャルナークに情報収集を依頼した。




「…団長、なまえ探しに行ったんだったりしてな」

気をとりなおしたフィンクスは、散々なまえのことをうるさいめんどくさいと言っておきながらも期待した眼で玄関を見やる。

「だといいけどねー…」

「するわけないね。団長がそんな面倒なこと」

シャルナークとフェイタンはうなずこうとしなかった。


I'm home!

(帰って来たクロロの隣になまえの姿はなく食糧の入った紙袋だけがその腕に抱えられていた。それを見たフィンクスは盛大にため息をつくのだった)

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