7.作戦会議とミルクティー
ホテルに着いてチェックインを済ませると、私達はそれぞれ個室にわかれた。小ぢんまりとしたごく普通のシングルに荷物を置いた私は、軽く息をついてベッドに倒れこむ。あーベッド最高。このまま寝たい。…いや、待って、こんなまったりしてる場合じゃないや。
私はあわてて起き上がる。さっき触れちゃったノブナガの逆鱗。あれについて考えなきゃ。
なんであんなに怒ったんだろう。私とクロロがよそよそしいから?そういえば前の打ち上げで酔った時もノブナガはそんなこと言ってたな。私とクロロはずっとこんな距離感でやってきたはずだけど、ノブナガはそれが気に入らないみたいだった。だったら私がクロロと仲良くすればノブナガは喜ぶのかな。でもそれには相当な覚悟と努力がいる。正直私はクロロが苦手だし、クロロだって必要最低限しか私と話さないから。団員とはまんべんなく仲良くしているけど、一番話さないのがクロロなのだ。
あれ?でも、じゃあなんで私はクロロが作った蜘蛛に入ることになったんだっけ…。
しばらくそのまま放心していたら、ドアからノックが聞こえてきた。開けるとポケットに両手を突っ込んだシャルが立っていて、私を認めた瞬間やる気なさげに口を開いた。
「団長から召集でーす」
「あらー、もう?」
「もう。行ける?」
「うん」
私が伸びをしてうなずくと、シャルは不機嫌そうな顔になった。
「うん、じゃないから」
「え?なんで怒ってるの」
「その格好で行くとかありえない。10秒待ってるから着替えてこい」
シャルが相当嫌そうな顔で私のキャミソールを指す。ホテルは暖房が効きすぎて少し暑かったからセーターから着替えて涼しくしていた。たしかに私の身体は貧相だけど、何もそんな顔をしなくても。何だか今日は怒られてばっかりだ。
***
クロロの部屋に着くとすでにノブナガとフィンは集まっていた。
「で、けっきょく盗むのはなんの鍵なんだよ?」
上質なソファに座ってコーヒーの香りを味わっていたクロロは、フィンにこう聞かれてカップを置いた。
「隠し扉の鍵だ」
「隠し扉ァ?」
頓狂な声を上げたフィンを、街を一望できる大きな窓から外を眺めていたシャルが振り返った。ガラステーブルの上のソーサーに戻されたコーヒーカップが暖かそうな湯気を出している。
私はというと、スイートルームなんて贅沢なところは初めてやってきたのでひたすらきょろきょろしていた。さすがっていうか、やっぱりっていうか、クロロはこんなところ当たり前に泊まるんだな。
「ああ。さっきシャルがした話には続きがあってな。その西の廊下には隠し扉が存在する」
「え?」
驚くようなことを言い出すクロロに私たちは目を見張る。ソファの端に腰掛けていたノブナガが身を乗り出して聞き返した。みんなの飲み物を入れようとして手を動かしていた私も、思わずクロロの方へ気をとられる。
「どういうことだ?」
「そんなにめずらしい話でもないだろう。王城があれば隠し扉のひとつやふたつあって当然だ。それがノースウエストでは西の廊下だった」
シャルがとってきた城の設計図だ、とクロロはガラステーブルに紙を広げた。そこには例の西の廊下の行き止まりに隠し扉の構造まで書かれてあった。もちろん普通に手に入るようなものじゃないはずだ。これは多分フェイあたりが設計士の方を拷問したな、と私は思う。
「使用人が聞いた足音はべつに幽霊じゃない。普通の人間のものだ。行き止まりの先に隠し扉があって、足音の持ち主がその中に入ったから使用人には消えたように見えた」
「なるほど」
その話を聞いて私は少しほっとした。幽霊、いない。ヨカッタ。
「使用人が隠し扉の存在を知らないことと、皇太子が窓から飛び降りてるってことを合わせて考えると足音の持ち主、つまり幽霊の正体はノースウエストの王だろうな」
「わかりやすく言ってくれよ。団長の思考回路は普通じゃねえんだから」
困惑したように髪をかきあげるフィンに、私はコーヒーを渡す。正直私もフィンに同感だった。クロロの考えることは何だか私たちには八手先くらい遠いのだ。シャルや、今はいないけどフランクリンなんかだと割とついていけるみたいだけど。
「おそらくだが、皇太子の死は自殺じゃない。仕組まれたものだ。王によってな。そのあと立て続けに死んだ使用人の死もだ」
みんなにコーヒーを渡し終えると、シャルが「何それ」と私のカップをのぞきこんできた。私はコーヒーの気分じゃなかったから、ひとり紅茶にしたのだ。「ミルクティー」と小声で答えるとシャルは私の手からそれを奪ってひと口飲んだあと「まあまあだね」と勝手なことを言って突っ返した。
「王が隠し扉の中に保管していた何かを、皇太子は見てしまったんだ。それが王にとって都合が悪かった。だから使用人に命じて皇太子を殺させて、さらにその使用人たちもくちどめのために葬った。こう考えると噂のつじつまが合う」
「なんで王がやったってわかるんだ?」
「皇太子を殺せる立場など、王くらいのものだろう」
「待ってよ。なんで王が自分の子を殺すの?息子はかわいいものでしょ」
私がつっこむとみんなが「え?」という顔になった。フィンやノブナガが理解不能という表情で眉を寄せる。
「そうなのか?」
「…いや、え?そうでしょう」
「子どもなんていねえしな。わからねえ」
ノブナガの言葉にシャルもうなずく。
「仮にいたとして、子どもは子ども、自分は自分だな。強くなきゃ死ぬのは当たり前だし。かわいいから殺さないっていう考え方は思いつかないね。そもそもかわいいと思うのかな、自分の子どもって」
「え、普通思うと思うけど…」
私がみんなとの考え方のギャップに戸惑っていると、考え込んでいたクロロが顔を上げた。
「名前の考え方は一般人のそれだな。流星街にはない発想だ」
「なるほど、一般人にまぎれて働いてるとそういう考え方に染まるわけか」
シャルは納得したらしくうなずいているけど、私はそう言われてもいまいちピンとこない。流星街の考え方って言ったって私だって流星街出身だし、一般人に染まったつもりはないんだけどなあ。カルチャーショックって、たぶんこういうのだ。
「でも、少なくとも王は一般人でしょ。流星街か一般人かで言ったら。息子はかわいいはずだよ」
気を取り直して私は話を戻す。
「なんらかの理由で愛していなかったんじゃないか?」
「それって、あれか。自分の子じゃないとか」
「やだ、フィンクス昼ドラ見すぎ」
「うるせえな」
否定しないってことは見てんのかよ、とノブナガがつっこむ。
「まあそういう可能性もあるだろうな。…とにかくその西の廊下の隠し扉の中には、王にとって皇太子にさえ見られたらまずい何かがあるんだろう。だからこそ幽霊騒動に便乗して城の改築もやめるように仕向けた」
「んで、その隠し扉の向こうには何があるんだ?お宝か?」
「いや、王にとって価値があるものだということは確かだが、俺たちにとって価値があるものとは断定できない」
「じゃあその隠し扉の鍵なんか盗んでどうするんだよ?意味ねえじゃん」
フィンはガシガシと頭をかいて、たぶん無意識なんだろうけど、傍目に見るとかなり柄の悪い目つきでクロロをにらんだ。クロロはそれにやわらかく笑って目を伏せる。
「この国の王と取り引きがしたい」
次の瞬間に開かれたクロロの瞳は、ゾッとするような、それでいて人を惹きつけて離さない強い引力を持っていた。
「欲しいものがあるんだ」
20160428