蜂蜜とよごれもの | ナノ

3.窓枠に積もる雪


駅の階段を上り終えてホームに着くと、塗装のはがれかかった青いベンチによく知っている金髪の男が長い肢体を持てあまして座っていた。

「おはよう」

私に気づいたシャルがこっちを見上げて微笑んだ。朝日に透ける金髪の下から深い緑の瞳が宝石のようにそっときらめく。つい忘れがちだけど、シャルはよく整った甘い顔立ちをしている。きれいな男の子だと思う。

「おはよう」

「あっという間に活動日だね」

「だね」

とくに待ち合わせをしていたわけではないけれど、シャルも私も駅が近いから路線を乗り換えるところで一緒になったようだった。
まだ朝の五時すぎでホームに人影は少ない。おまけに列車の本数も少ない。シャルはベンチの隣を叩いた。

「座りなよ。次のが来るまで四十分もある」

「うん」

おたがい朝が弱い方だと知っているから何も話さず静かに並んで座っていた。線路の電線の上では小鳥が鈴を振ったような高音で鳴いている。
ふいにシャルは欠伸を噛み殺しながらつぶやく。

「……朝、早すぎだよね」

「……うん」

私はこっくりと重力にまかせてうなずく。シャルは気だるげに立ち上がったかと思うと缶コーヒーをふたつ買ってもどって来た。

「どうぞ」

「ありがとう」

受け取って膝上で両手で持つ。冷えた指先があたたまっていく。シャルはもう一度欠伸をした。それにつられて私も欠伸をする。プルタブを開ける音がホームに響いた。







狭い戸棚の中できつく膝を抱いて目を閉じていた。遠くから荒々しい足音が向かってくる。怖い。いやだ、来ないで。壁を破る音に思わず肩が跳ねた。





身体が前のめりに揺れ、不安定さにひやりとして眼を覚ました。全身が嫌な汗をかいていた。

「あ、列車の時間、」

あわてて周りを見回す。眼の前のシートにシャルが居眠りしていた。自分が一定のリズムで揺られていることに気づく。そこは駅のホームではなく、列車の中だった。横を見ると絵画のような一面の雪景色が窓からのぞけていた。

「わ、」

「…いい景色だよねー」

眠っていたはずのシャルが口を聞いたことにぎょっとする。

「眠ってたんじゃないの?」

振り返ってたずねるとシャルはいたずらっぽく眼を光らせた。

「眠ってたのは君だろ。どんなに揺すっても起きないし」

窓のふちに頬杖をつきながら「ホームから運んで乗せるの大変だったなあー」と意地悪く笑った。

「うわ、そっか、ごめん……」

そうだった、と思い出して私は情けなさにうなだれた。膝を見てシャルの上着が自分にかけられていたことに気づく。

「運んでくれてありがとう。重かったでしょ」

「うん、重くて脱臼するかと思ったよ」

「それは言いすぎー」

大げさなシャルに笑いながら、かけられていた上着を返す。

「これもありがとう。あったかくてよく眠れた」

「それはよかったねー」

シャルは冷めた口調でそう言って上着を受け取る。シャルが冷めた態度を取るのは少し照れくさいときだって知ってる。
シャルはふと私の顔を見て視線をとめた。

「…なに?」

「……汗かいてない?なんか」

「え?」

私のこめかみのあたりに向けられたシャルの視線に、この真冬になぜか寝汗をかいていたことを思い出す。

「暑い?」

「まさか」

…なんだっけ。いやな夢を見た気がするけど。頭の中に白いもやがかかっているようで、うまく思い出せない。でもきっと忘れたらいけないことだ。思い出さないと、思い出さないと。また汗が噴き出てくる。なのに全身が冷えていく。

「だいじょうぶ?」

シャルはタオルを投げてよこした。

「あ、うん……」

受け取りながら返事をするものの、心がコントロールできない。しっかりしなきゃ、シャルに余計な心配をかける。そう思うのに。
見るに見かねたという様子でシャルは荷物からパソコンを出した。画面には今日襲撃するビルの見取り図が映し出されていた。

「警備はざっと200いる。なるべく鉢合わせないルートで行ったとしても、最低でも100は相手しなきゃターゲットを回収できない」

突然話しだすシャルに、私の頭は仕事モードに切り替わっていく。さすがシャル。私のあつかい方をわかってるんだな。

「戦闘要員はフィン、ノブナガ、名前、団長」

「うまくいけば、ひとり25人相手にするだけで警備は突破できるわけね」

「うん、ノブナガあたりが派手にやったりしなければ」

「シャルは?」

「名前達とはべつに警備30倒して防犯室を乗っ取る。そのあとは気楽なもんだよ。防犯室に立てこもって皆のサポートに回るだけ」

いかにも楽な役回りだというようにシャルは頭の後ろで手を組むけど、実際のところ私たち四人に同時進行で敵の配置やセキュリティロックの解除方法を伝える役は、口で言うほど楽じゃないだろうなと思う。

「私達はツーマンセルで動くんだよね?」

「うん、その方がやりやすいと思う」

「あのさ、シャルはひとりで平気なの?」

「なんだよ、情報担当だからってなめてるなー?」

「そういうわけじゃないけど、」

「俺は名前達みたいな強化系単純馬鹿力と組むより単独のほうがいいんだってー」

「でも、もうひとり増やせないの?」

「…今から?」

「フェイかマチなら体空いてるんじゃないかな」

「…五人で十分だよ」

シャルはふわりと笑った。

「でも、」

「だいじょうぶだって、無茶はしないよ」

なおも言い募る私をシャルは面倒くさそうに手を上げて制した。

「…じゃあ、何かあったらすぐ呼んで」

「わかったよ。緊急事態になったらちゃんと頼る。それでいいだろ?」

シャルはやさしい声で言った。私はようやく少し安心できて笑う。

「うん」

「名前はいちいち心配しすぎー」

口うるさいと言いたげなシャルの視線に、少し恥ずかしくなってくる。

「…はい」

前にも誰かに言われたな、それ。心配しすぎるくせは直さないと。でも、誰に言われたんだっけ?
気がつくと窓枠のすみに雪が積もっていた。

20160215

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