蜂蜜とよごれもの | ナノ

1.打ち上げの夜


「だからなァ、俺が言いたいのはもう少し仲よくやれよってことなんだよ…」

「えー…?」

いいかげんに酔いが回っているらしい目の前の男の、話の流れを全部無視したまとめに、私は困って笑うしかなかった。

「えー、っじゃねえよ。何があったか知らねえけどな、ここ何年かのお前らはなんだ?」

「…何だと言われましても…」

「妙ォによそよそしくしてやがってよ。…胸くそ悪りィ…」

「そう言われても、私と団長はもともとこうだから…」

「ああ?……寝ぼけてんのかおめェは。…いいかげん、どうにかしてやれって…」

困った。話が通じない。ノブナガが何を言ってるのかよく分からなかった。でもこう言わないとさらにわけのわからないことになってしまうと知っているので、私は首をたてに振るしかなかった。

「うんうん、わかったわかった」

「ウンウンってな、へんじだけなら誰にでも…でき…んだぜ……」

ノブナガのまぶたはゆっくり降りていく。手から滑り落ちた空き缶が床に転がる。ぐらりと揺れて覆いかぶさるように倒れこんできた彼を抱きとめて、私はそっと息を吐き出した。ああ重い。

『妙によそよそしくしやがってよ』
気にするような話じゃない。ノブナガは酔ってただけだ。そう、この時の私は思っていた。

打ち上げの三大スピーカーであるフィンクス、ノブナガ、ウボォーギンがとうとうひとり残らず眠りについて、アジトはすっかり静まり返った。

「まったく、だらしないな」

マチはあきれたようつぶやくと、私にもたれて寝息を立てはじめたノブナガをべりっとはがして床に転がした。

「パクもほっときなよ、どうせ丈夫にできてるんだから」

三人に毛布をかけて回るまるで聖母のようなパクに、眉間にしわを寄せながらマチは息を吐く。

「いくら丈夫でも冬なんだから風邪を引くわ」

私が毛布のはしを持って手伝うと、パクは艶やかな微笑みを私に向けた。

「名前、もう終電ギリギリだけど、出なくていいの?」

酒の強いシャルは、未だ缶ビール片手に携帯の画面を見つめながら言った。

「え、うそ」

シャルの肩ごしに携帯をのぞきこんで私はあわてる。

「あとはいいから早く行きな。あたし達はこの近くにホテルとってるし、こいつらは転がしとくから」

「うん、ありがとうマチ」

手早く荷物を持って立ち上がった私は、一呼吸置いてから意識的に笑顔を作った。

「じゃあ、終電で帰りたいから先に出るね」

声をかけると、廃材の上に座っていたクロロはゆっくりと視線を上げて私を見た。

「ああ」

無感動に一言。お酒を飲んでも彼は酔うどころかいつも以上に落ち着いていた。相変わらず何を考えてるのかわからない人だ。
目が合ったのはほんの一瞬で、気がつけばクロロはもう私を見ていなかった。


「夜道気をつけな」

缶を集めながらマチが言う。

「はーい」

「だいじょうぶでしょ。駅まで俺が一緒だから」

遠心力で携帯を閉じて立ち上がり、シャルはさわやかに笑う。

「あんたが一番身近な危険だよ」

マチが切り捨てるように言った。

「送り狼」

続けてコルトピがつぶやく。

「ひどいな、俺はこう見えて一途なのに」

「へえ、そうなんだ」

「あ、名前までそんなこと言って」

「今つきあってる人何人いるんだっけ?」

私が聞くとシャルは指を折って数えはじめた。

「えーと、…四、いや五人かな」

「最低」

マチが露骨に眉をしかめ、シャルは「冗談だってば」と肩をすくめた。こんな茶番はやるけど、シャルは実際のところ送り狼どころか私に女としての興味さえないようだからそのへんは心配してない。

「じゃ、お先に」

「みんなおやすみ」

「ああ」

「気をつけてね」

「とくに隣のオオカミにね」

「だから一途だって」

「はいはいウソ」

みんなに見送られてシャルとアジトを出た。廃ビルの建ち並ぶ人気のない通りにふたりぶんの足音が響く。吐く息が白くなる。

「さーむい」

「そんなこと言ってる場合じゃないよ名前」

シャルは手持ちのマフラーを私の首にひっかけ、「あと二分で終電」と頭をぼんぼん叩いてきた。

「忘れてた!」

「だろうね」

言うなり二人同時に地面を蹴った。

「もっと早く出ればよかった!」

「飲んべのたわごとにつきあってたからね、名前は」

走りながら反省する。じつは一時間くらい前にもシャルはわざわざ終電の話を持ちかけてくれたのに、私ときたらそれを無下にしてノブナガとウボォーの内容があるのかないのかわからない話にひたすら相槌を打ち続けていたのだ。あのときシャルの言うことを聞いていれば今ごろはきっと平和に電車で座っていたんだろうな、とは思うけど、ノブナガとウボォーが話していて楽しそうだったから良かったんだ。

「ああいう酔った人の話ってなんでかな、ちゃんと聞いてあげなきゃいけない気がするんだよね」

「…いつも思うけど、名前ってお人好しだよね。あと馬鹿」

「…いつも思うけど、シャルはひとこと余計だよ」

「ごめんごめん」

「全然悪いと思ってないよね?」

「うん」

「ちょっと一発殴らせて」

「強化系の一発はかんべん願いたいな。それにそんなことやってるうちに終電間に合わなくなるよ」

「…あと三分かあ。間に合うかな…」

「じゃあ駅まで競争する?どっちが早くつくか」

隣を見るとシャルはいたずらを思いついた子供のように笑っていた。

「する!」

「負けたほうが何でもひとつ言うことを聞くこと」

「わかった。私が勝ったらご飯おごってね。家も近いことだし」

「オーケー」

「あと一発殴らせて」

「…オーケー…」

シャルはその言葉を皮切りに、いっきに速度を上げた。本気を出したシャルは馬鹿みたいに速い。でも私だって負けてられない。なんていったってご飯がかかってるんだからね。

20160213

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