蜂蜜とよごれもの | ナノ

10.冷笑と怒りと


多勢に無勢の状態で背後を取られ、羽交い締めにされてほおを殴られた。口の中が切れて血の味がする。

「あんたら人殺しの盗賊なんだって?」

柄の悪そうな風貌の警備員が薄く笑った。私もにこにこ笑い返す。

「…だとしたら?」

すると男は気を悪くしたようで、笑みを引っ込めて顔を暗く歪ませた。

「粋がってんじゃねえぞ。ゴミ同然の外道の集まりが」

鈍い音がしてお腹に拳がめり込む。胃の中のものが逆流し、こみ上げる吐き気に顔をしかめたら男が満足そうに声をあげて笑った。

「あっちにいる男が頭なんだろ。お前らみたいなろくでもねえ連中の上に立ってるってんだからよっぽどココがイかれてるんだろうな」

男は人さし指でとんとんと頭を指した。そのへらへらした顔面につばを吐きかける。

「ーーお前の矮小なものさしでクロロをはかるな」

低く押し殺した声で言うと、彼はみるみるうちに赤くなり、逆上して私の横っ面をはたいた。年頃の女の顔をそう何度も殴るのは外道と言わないらしい。それから男は無心で私の腹部を蹴り続けた。完全に目がイッてる。

「俺はな、こういう、外道でクズで頭の悪そうな奴らが、いちばん嫌いなんだ、よ!」

「ふうん。わたしはあなたが嫌いだよ」

通信機からまたザーッとノイズが流れたかと思うとシャルの声が聞こえてきた。

<<サンドバッグみたいになってるけどだいじょーぶー?>>

「だいじょう、ぶ!」

いつまでもやられてるわけにはいかない。男に向かって右足を振り上げる。顎にヒット。続けて左足。空中をかくように。両足首をつかまれる。でもそれも計算済み。ぐっと背中を起こしてかがむとはずみで私を羽交い締めにしていた男の身体が足を天上に向けて宙に浮き上がる。彼の戸惑ったような眼と眼が合って、私はやさしく微笑みかけた。解放された腕で彼の胸ぐらをつかみ、柄の悪そうな男めがけて群れの中に投げ飛ばす。痛々しい音がしたけど同情はしない。王城の警備員がこんなにチンピラ臭いとは思わなんだ。ぐるぐる腕を回す。あーすっきりした。
ほんの一瞬ではあるけど余裕ができて、そのすきに向こうの様子を確認する。クロロは空中にいた。よしよし。まだ降りてこないでね。
身体を深く落とし片足ですばやく円を描く。私の能力、風の刃。四肢にオーラの台風のようなものを巻きつけてそれを動作に合わせて放つ。ほんとは直接相手に叩きつける技なんだけど、滅多にそういう使い方はしない。文字通り相手の身体に風穴が空いちゃうから。起こる一陣の風はあっという間に広間のすみまで行き届く。警備は次々とバランスをくずしてなぎ倒れる。
そこを叩く。言わなくても彼もわかっている。見上げた先で黒髪が風に舞い上がっている。空中から降りてきたクロロの手元にきらりとベンズナイフが光り、その横顔はなぜかいつもの数段冷酷に見えた。

なぎ倒しても骨のあるのは立ち上がってくる。ここに入る前「殺さずに通れるほど甘くない」と言ったクロロの顔がよみがえる。私はそっと息を吐いた。それでもやりたくないものはやりたくない。また囲まれてリンチされたってかまうもんか。私は殺さない。

女というだけでどうしても舐められる。警備員は圧倒的にクロロより私に集まってきていた。こっちを先につぶしてしまってその後であっちに取りかかろうって魂胆らしい。その気持ちはわかる。わかるんだけど、悔しい。勝ち目があると思われてしまうこの実力が悔しい。ちくしょう。左と前を避けても右と後ろから来るからどうにも参る。虫みたいにたかるんじゃないよまったく。ああスタミナ切れてきた。攻撃が単調になってきているのが自分でもわかる。おまけにスピードも落ちてる。この人数を相手に速さがなかったら終わりだ。なけなしの思考力でそこまで行き着いて、ひやりとする。終わりって、つまり死ぬってことだ。
その時だった。群がる警備員に上から影が差して、見上げた先からクロロが降ってくる。彼の方は終わったらしい。

<<命拾いしたね、名前>>

「モテる女はつらいよ」

<<あはははははは>>

「何がおかしいのシャル」

<<ごめんよく聞こえなーい>>

「あとで覚えといてね」

相変わらずハイスペックな動きで群れの中に入り込んできた彼のおかげで、警備員は蜘蛛の子を散らすようにあっという間に減っていく。私だって着実に減らしていってるのに…なんでこうも差があるんだろう。



やがて広間はしんと静まりかえり、入った時とくらべてずいぶん見晴らしがよくなった。それもそのはず。もう立っているのは私とクロロだけなんだから。肩で息をする私に比べてクロロは息ひとつ乱さないままだった。

<<おつかれー。ノブナガたちの方もさっき丁度終えたところ。王室に向かってるよ>>

「ああ」

<<じゃ、ノブナガたちの方とつなげるから一旦切るよ>>

ピッと機械音がして通信は途絶える。闘いが終わったことに、私は無意識のうちに安心していたのだと思う。だから次の瞬間クロロのまとう空気が一変したことに動揺を隠せなかった。今の今まで一緒に闘っていたのが嘘のように、クロロは冷えきった殺気を私に向けた。
クロロの左手が首を狙って伸びてくる。音もなく、けれどおそろしい速さで。全身から汗がふき出す。つかまったら終わりだと、そう思わせるのに充分な冷酷な光をクロロの眼はたたえていた。一瞬のうちに首が折られた錯覚さえした。紙一重でなんとかかわして後ろに下がり距離を取る。けれどそんな行為は無意味だと言わんばかりにクロロは距離を詰めてくる。私が体勢を立て直すのを待たずに蹴り込んでくる。理由を考える間すら与えられず、私はただただ必死で避けて逃げ続けた。
容赦なく繰り出されるクロロの体術に私は防戦一方だった。避け方をあやまれば本当に殺される。なんとか反撃しないと。そう思った瞬間足元に転がる警備の身体を踏んでバランスを崩し、気がつけば首筋に冷たい指が食い込んでいた。骨がきしむ音がする。床に倒されて背中を打ちつける。

「…っは、」

一瞬呼吸が止まる。あえいだ私をクロロは片手で締め上げながら、まるでなんの感情も何のないような眼で見下ろしていた。

「……な、…んで」

「俺が行かなければお前はさっき死んでいた」

「……っは、う、」

「ならば今死んでも同じだな?」

手に力がこもり喉をつぶされるのを感じて、反射的に足が動いていた。意志をともなわない蹴りがクロロの胸に入る。威力もスピードも今日いちばんだった。クロロの身体が後ろにすべる。気道が解放されて、戻ってきた酸素に私は激しくせき込む。胃液を吐いて呼吸を整える私を、クロロはもうそれ以上追撃してこなかった。ただ静かに立ち上がり私を見下ろしていた。虫でも見るように。

「殺さずにやろうとするからそんな無様で弱い闘い方になっているのがわからないのか」

「………」

自分でもわかっていただけに何も言えなかった。クロロは見抜いてる。さっき囲まれてやられた時も今クロロにやられた時も私が本気でやり返そうとしなかったこと。相手を殺してでも勝とうという意志を放棄していること。クロロはあきれてるんだ。自分を守り抜く実力もないほど弱いくせに、人を殺す覚悟をなくした私に。

「俺にお前を見捨てさせるな」

クロロの言葉は鉄のかたまりみたいに重く響いた。

20160526

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