9.囲んでリンチ
「暇だな」
「まあなあ」
「だいたい侵入者なんてそうそう来るもんでもないのに俺たちいる意味あんのかねえ」
「バッカ。いなかったら入って来放題だろうが。こういうのは見せかけでも俺たちみたいな大柄なのがいた方がいいんだよ、何しろ王城の門番だからな」
「おい、見せかけってのはどういう意味だ。俺は武術大会で陛下にこの腕っぷしを見込まれて、」
そこまで話しかけて崩れ落ちる門番。
「おい?どうし、」
異変に気づいたもうひとりの門番が振り向く。それよりも早く背後に回って手刀を振り下ろす。
「…ごめんね」
気を失ったふたりを私が城壁にもたれさせている間に、クロロは彼らの腰から鍵を拝借して門を開けた。手応えは上々。さて、本格的な闘いのはじまりだ。
クロロとのコンビは心配していたのが馬鹿馬鹿しくなるくらいうまくいった。地上一帯に攻撃を仕掛ける瞬間、私が「上に飛んで」と合図するよりも早くクロロは空中にいたし、私がつくったささいな隙間を埋めるようにクロロは手を貸してくれた。私が先に出て初撃を仕掛け、その取りこぼしをクロロが拾う。クロロの絶はもともと異常にレベルが高い上に、私の初撃のインパクトに後押しされて面白いくらいに敵の不意をついた。この流れで中庭の警備は軽々と突破できた。
けれど王城の広間に通じる扉の前まで行き着いてはっとする。セキュリティロックがかかった分厚いドアの外側からでも感じ取れるほど、中の警備兵の空気がそれまでとは目に見えて違っていた。中庭と比べて明らかに格上だ。さすがに簡単には通らせてもらえないみたい。
私達は柱に身を隠しながら警備の配置と性質を探っていた。クロロは静かに言った。
「ここからは殺さずに通れるほど甘くない」
「……」
「……名前」
ここに来るまで私はいっさい警備を殺さなかった。単純にいやだと思ったから。
「…わかってるけど、」
「何故ためらう」
「…何も殺すことないと思うから」
言ってる自分でもこれがおかしいことだっていうのはわかる。シャルもフィンもノブナガも殺すのにためらったりなんかしない。私もそうやって来たはずだ。命に尊さなんてあり得ないと信じていた。でも今は…。
「いつからそう思う」
クロロの眼が探るように私を見ていた。どくりと心臓が跳ねる。反射的に目を反らしてしまう。
いつから。記憶をたどろうとした瞬間殴られたように頭が鈍く痛んだ。
「…いっ…」
思わず声をもらしかけて、自分でするよりも早くクロロの手に口をふさがれる。
「どうした」
背後に立ったクロロが私の肩を支えて耳元に小さくたずねる。
「ちょっと頭痛…?一瞬ひどかったけどもう平気」
「そうか。…闘えないようなら言え」
「…うん」
クロロは端的に言うと私の肩からそっと手を離した。そのとき耳につけている通信機がノイズを通した。
<<あー、あー、マイクのテスト中。団長、名前、聞こえる?>>
「シャル!」
<<いい雰囲気のところ邪魔して悪いけど、そろそろお時間です>>
「なに言ってんの」
「防犯室についたか」
<<うん>>
「損傷は?」
<<ないよ。おかげさまで無事に>>
「そこのモニターからノブナガとフィンも見える?」
<<ばっちりよく見えるよ。あの二人にしては穏やかにやってる>>
「そうよかった」
<<あと30秒。準備はいい?>>
「いつでもどうぞ」
そして時計の針が12をさした瞬間、広間のドア全8ヶ所にかかったセキュリティシステムのロックが同時に解放された。もちろん私達の眼の前の扉も開く。
<<わざわざふたりとも同じところから入るの?ばらけた方が混乱を誘えるんじゃないの>>
「この方が都合がいいんだ。色々とな」
クロロの言葉が終わるか終わらないかのうちに私は広間へ踏み出した。ふわりと髪が浮き上がり、毛先が首をくすぐった。
扉が開いたことで警備も警戒を強めてる。さっきまでのように隙を突くような手は使えない。でも、正面切って入る方がきっと私には向いてる。見ててねシャル。この広間にいる誰ひとりそこには行かせないから。
とかなんとか思ってたらいっせいに私めがけて大量の銃口が向けられた。間髪入れずに銃声が鳴る。警戒してるところに堂々と入ったらそりゃこうなるよね。あわわ。ポーカーフェイスを貫きながら、心の中では盛大にあせっていると、背後でクロロの気配がした。肩に手を置かれぐっと押される。あっという間に私を越して天上まで飛んだかと思うと警備の頭の上を抜けていく。なんて大胆な。彼には敵の腰に光るいくつもの飛び道具が見えていないんだろうか。
あっけにとられていたら銃弾はもう避けられないほど近くに迫ってきていた。
腕に弾がめり込む感覚がして、とっさに硬で覆う。そのまま素早く、けれど身体の表面を覆うくらい大きく円を描いた。これが私の能力だ。巻き起こった風圧でいっせいに銃弾がはじき飛ぶ。警備の方にはね返った。まずい、どうか死人が出ませんように。
「っな、なんだ、お前」
警備員のひとりがお化けでも見たような顔つきで、私とはじき飛ばされた銃弾とを見比べた。何もそんな顔しなくても。ちょっとひとりより速く腕を動かせて、ちょっと風圧と摩擦を起こせるってだけなのに。
「銃はやめてくれませんか。死んじゃうかもしれないから、貴方達が」
ね?と笑いかけるとその警備員は短く悲鳴をあげて狂ったように銃を乱射した。わからない人だな。やめてって言ってるのに。
でもそれは彼だけだったようで、他の物分かりのいい者たちはあっさり銃を捨てて直接向かってきた。十数人。囲まれて素手で殴り合う。拳の速さが強みの私には、どのパンチも遅く感じる。ひとり、ふたりと順調にのしていく。けれど多勢に無勢。背後をとられて羽交い締めにされた。バキッと悲惨な音がして、ほおに痛みが走る。腕にオーラを集めていたせいで顔面を守れなかった。いたい。
「よお、あんまり舐めんなよ姉ちゃん」
王城の警備兵にしては柄の悪い男が笑っていた。
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