殺気を感じてベッドから跳ね起きる。
「凝」をして部屋の中を見回すけど、人の気配はどこにもない。誰も襲ってこないところを見ると、来客が自分の存在を知らせるために出した、つまり呼び鈴代わりの殺気だったみたいだ。ほっと肩の力を抜いてガウンを羽織った。
こんな夜更けにたずねてくるなんて一体どこの不届き者かしらと思いながらドアを開く。瞬間、伸びてきた手に後頭部を引き寄せられてめちゃくちゃなキスをされた。クロロだった。

「…ちょっと、」

胸のあたりを押しのけて距離をとる。けれどすぐにその手首をつかまえられてまた引き寄せられた。

「………んんっ…」

長いキスに息が続かなくなってクロロの胸を叩く。やっと解放されてなんとか呼吸を整える。

「名前…」

まだ息がかかるような距離でクロロは熱っぽく目を光らせていた。はっとする。こんなに欲をむき出しにしたところを初めて見る。
気がつけば玄関の靴箱に背中を押しつけられて、退路をふさがれていた。

「いいかげんにしてよ。何なの」

突き放すように言うと、クロロは何か大切なことを打ち明けるみたいにささやいた。

「会いたかった」

「…酔ってる?」

「いや、勃ってる」

クロロは無邪気そうに笑う。そうしてゆっくりネクタイをゆるめた。これ見よがしに。正直引いた。ふざけてるならやめてほしい。

「頭冷やしたいならシャワー貸すけど」

「俺は冷静だよ。残念ながら」

笑みを浮かべたまま私の顎をすくって今度は触れるだけのキスをしてきた。無神経とか最低とかそういう域をはるかに越えていて、もう抵抗する気にもなれない。私は眉をよせる。

「お酒臭いな。こんな時間までずっと誰かと飲んでたの?」

「妬いてるのか?」

クロロはおだやかに目を細めた。

「ふざけないで」

冷静じゃないのは私のほうなのかもしれない。からかうような目が嫌だった。
にらみつけるとクロロはとたんに何かが抜けたように脱力して、ずるずるとそこにうずくまった。相当飲んだみたいだ。

「怒るなよ。シャルとだ」

「自惚れないでくれますか」

「俺は自惚れてるか?」

「そうじゃなくてなんなんです」

だってなんでクロロが遅くまで誰かと飲んでいたからって私が妬いたり怒ったりしなきゃいけないの。
だけどたしかにすこし怒ってるのは事実だった。夜中に押しかけられていきなりキスをされて、しまいには玄関にしゃがみ込まれて、迷惑もはなはだしい。はなはだしいけれど、私にはどうしたってこの人を放っておくなんてできない。結局手をさしのべてしまうんだ。

「そこじゃなんだから、上がって。立てる?」

のぞき込むとクロロは伏せた顔を上げてそっと廊下の方に目を配った。

「いや、ここでいい」

廊下に面した半開きのドアからは寝室が見えている。クロロは夜中に押しかけておいて今さら節度を気にしてるらしい。変なところで遠慮をする人だ。いったいなにがしたいんだろう。
リビングから水を持ってきて渡す。

「どうしてそんなに酔ってるの」

「名前のところへ行くと言ったからだろうな。馬鹿みたいに強いやつを飲まされた」

納得。いたずら好きのシャルが考えそうなことだ。だけど、クロロならうまくかわしそうなものだ。そこまで考えて私はあれ?と首をかしげた。

「はじめから私のところに来るつもりだったの?どうして?」

てっきり酔ったノリで来たんだとばかり思っていた。クロロはにこ、と笑って、でも答えようとしなかった。こういうときはいくらしつこく追求しても無駄だって知ってる。

「シャルも何で飲ませるかな…」

「いいんだ。分かっててわざと飲みすぎたんだ」

わざと?わざとこんなふうになったって言うの。

「馬鹿なの?」

「そうだな。いい歳をして酒の力を借りるような馬鹿だよ俺は」

自嘲気味に笑うクロロに私は半信半疑であきれかえる。

「団長ともあろう人が私のところへ夜這いにくるのにわざわざお酒に頼るの?冗談でしょ」

女遊びなんてお手の物じゃない。そう言うとクロロは首を横にふった。

「そういうのじゃない。そういうことじゃないんだ」

「なに?…真剣な話?」

クロロは少し困ったように眉尻を下げて微笑んだ。

「少しも伝わってないんだな」

「…どういうこと?」

話が見えなくて困惑する私の頬をクロロの左手が包んだ。こっちが戸惑ってしまうくらいやさしく。ふいにまたキスをされる。何度も執拗に。
それからそっと離れて横顔を見せたクロロはうめくように言った。

「好きなんだ。お前のことが」

「…え…?」

「もうずっとだ」

冗談でしょう。相当すべってるけど。そう言いたかったのに、クロロの目を見たらとてもそんなことは言えなかった。盗んできたお宝を鑑賞する時とも新しい古書を開く時ともまったく別の執着をはらんだ目で、クロロは私を見ていた。
今さらになってどうしてこんなことを言い出すんだろう。流星街から出て蜘蛛になってここに来るまで長い間、仲間としてやってきた。今まで一度だってクロロは私にそんなそぶりを見せなかった。
どうしていいのかわからなくなって私は言葉を詰まらせる。とっさに、クロロの気持ちも自分の気持ちも全部見ないふりをして冗談にしてしまいと思った。
だって私はとっくに知ったつもりでいたのだ。盗賊なんてしていても、本当に一番欲しいものは絶対に手に入らないってことを。だからちゃんとずっとこの気持ちにはふたをして奥の奥にしまっておいたのに、今さら引きずり出されるなんて。もうずっとあきらめていたのに、クロロを。
無意識のうちにため息がもれる。
それを見たクロロの瞳が不安げに揺れた。そのまるで迷子にでもなったような目つきに、私は驚く。
蜘蛛で「やれ」と命じる時と同じ無感動な黒い瞳が、今は私の反応それだけを待っている。
その目を見て気づいた。未だにこの人の中身は少年なのだ。流星街を出たころのあやうくて幼いクロロがそのままこの玄関にやって来てしまったような。
複雑な人だと思う。欲しいものは何でも盗んで手に入れて、でもいつも飽きてしまう。気づくと物足りなさげな横顔をしている。何を手に入れてもずっとさびしいのかもしれない、この人は。
私のことだって、手に入れても足りないかもしれない。すぐにべつの何かを欲しがるかもしれない。飽きられるかもしれない。でもそれでも私はクロロが欲しい。
居場所をなくした少年みたいな目をするのも、情けなく酔って家に押しかけてくる姿も、古書を読む時の伏せたまつげも、後ろに撫でつけた艶やかな黒髪も、全部いとしいと思う。欲しい。私のものにしたい。どうしようもない。
クロロが息を殺すようにして私の一挙一動を見てるのを、苦しくなるほど全身の肌で感じる。深く息を吸ってみる。少し呼吸が楽になる。私だって盗賊だから欲しいものはできることなら手に入れたいよ。

「…そういうことは、酔った勢いで言わないで」

「…ああ」

「家に来るなら連絡くらい入れて、これからは」

「ああ」

「私もあなたのことが好きです。もうずっと」

重力にしたがってすべり落ちる澄んだ透明な粒を目の奥に焼きつける。誰かを亡くした時や何かに感動した時、それからうれしいことがあった時、クロロが意外とよく泣くことはずっと前から知ってた。
end
20160313
back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -