「名前、コーヒーをくれ」

ソファで本の虫と化していたクロロは顔を上げずに注文した。

「ヒソカへの連絡が済んだら淹れます。待ってて下さい」

「待てない」

私はそれまで携帯電話へやっていた視線をクロロへ移す。

「早急にとおっしゃったのは団長ご自身でしょう」

「それが急に面白くなくなったんだ」

「はあ…。それじゃヒソカへの連絡はどうするんですか」

「俺から後でする。コーヒーを頼む」

クロロの嫉妬はいつも些細で唐突だ。私は携帯電話を胸ポケットにしまうと早々にキッチンで湯を沸かしはじめた。

「…」

「……」

「…大人しくソファで待っていられないんですか」

「……」

「離れて頂けないと作れないのですが」

「……」

「いい加減にして下さい」

「嫌だ」

こうなるともうコーヒーどころではない。背後からベタベタと絡みついてくるクロロを引きはがそうと躍起になる。

「コーヒーはまだか?」

「離れてくれなきゃ作れないって今言ったばかりです。その耳は飾りですか?」

「離れるのは嫌だ」

蜘蛛では冷静沈着に指示を下し団員を動かすこの男。それが今はまるで別人、いやそれどころかもはや駄々っ子三歳児だ。
そのくせ腕は私の肩から腰までがっちりとホールドして手先で器用にあっちやそっちをいじくっている。

「熱いんだから危ないでしょう。じゃあコーヒーはあきらめてください」

「嫌だ」

「…」

「……」

肩ごしに大きな三歳児とにらみあった。

「どうして団長はそうやっていつも私を困らせるんですか!」

「どうして、か。……どうしてなんだろうな…。動機の言語化か」

真剣な顔つきになって考えはじめたのをこれ幸いに、彼をべりっとはがして再びコーヒーに取りかかる。どうか一生考えててくれ。心から願いながら淹れたてのコーヒーをリビングのテーブルへ運んだ。

「ああ、そうか」

後をついてきたクロロはなるほど合点がいったというように手を打つと名探偵よろしくもったいぶるような足取りで私の前に回った。

「お前の困った顔が見たいからだ」

謎が解けたと言わんばかりの得意げな輝く笑顔に私は賞賛の拍手ーではなくハイキックを贈った。よく整った顔面に私の足がめり込む。その瞬間を見届けてから革張りのソファに腰を下して足を組んだ。冷たいリビングフロアでもの言わなくなったクロロ。それを尻目にすするコーヒーのなんと格別なことか。ああ、せいせいした。
かくして私の優雅なコーヒーブレイクははじまったのである。
end
20150315
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