某ファーストフード店の2階席で、空席を探す幼なじみの姿を見つけた。
「あれ、秀一」
「名前」
「空いてるから、ここどうぞ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
秀一はトレイを私の向かいに置いて腰を下ろした。
「もしかして、それ晩御飯なの?」
「ええ、まあ」
「言ってくれれば作りに行ったのに。志保利さん、まだ良くならないんだね」
「…ああ。でも明日を越えればきっと治る」
志保利さんが治ることに安堵してか、ひどくやさしい顔で笑う秀一。このところ浮かないようだったからこんな表情は久しぶりに見る。
だけど、少し様子が変だ。
なんてことない500円程度の食事をさもおいしそうに食べるのだ。いつになく幸せそうな顔つきで。
「…どうしたの」
「何が?」
不思議そうに見る秀一に、眉をしかめた。
「だってなんか秀一、明日死ぬ人みたい」
私がこう言うと秀一はちょっと黙り込んだ。
「俺が明日死ぬって言ったら?」
真顔でそう言ったかと思うと、冗談めかして笑った。
でも私は食べかけのポテトをうまく飲み込めなくなってしまった。ストローに口をつけてやっと流し込む。
魂と引き換えに願いをきく鏡の存在が頭をよぎった。
「なにそれ。秀一は私に一生片想いさせる気なの」
愛の告白だというのに、声に怒気がもれるのを抑えきれなかった。
秀一が手にしていた飲み物がカラカラと小さく氷の音をたてた。
「…変な冗談を言ってごめん。俺もハルのことが大事だよ、これからもずっと」
「…うん」
秀一の返事は完璧なまでに配慮あふれるものだった。私の気持ちにこたえられないことをほのめかし、それでいて気まずくはならないように。
だからといってこんなへたくそなうそで秀一は私をだませるとおもってるんだろうか。
明日死ぬことは冗談なんかではなく、これからもずっと大事だなんてことはありもしないくせに。
いつの間にか秀一は食事を終えたらしく、トレイには包み紙だけが残っている。たいてい人のペースにあわせる彼が先に済ますときは、何か用事があるから急いで欲しいというサインなのだ。もう11時を過ぎているから、私を置いて先に帰るという選択肢はないのだろう。それでも私はあえてゆっくり口を動かした。今引きとめたからといって何を阻止できるわけでもないのに。
私がハンバーガーにかぶりつくのをこれでもかと言うほどやさしい目で見つめる秀一に居心地が悪くなって、紙ナプキンで口元をぬぐった。
「なに、笑ってるの」
「さてね」
秀一が私を"大事"にしてくれているのがわかっても、嬉しいとは思えなかった。
大事だと、やさしく言ったその口で秀一は私に隠し事をするのだから。
「嫌い、秀一なんて」
「俺は好きだよ。名前には幸せになって欲しい」
どうやってなれと。残酷な願いもあったものだ。
私だって秀一には幸せになって欲しい。私が秀一を幸せにしたい。
そう思えばこそ、志保利さんを見捨てて幸せになどなれない秀一に、死にに行って欲しくないと口にすることは、けして叶わないのだけれど。
「名前の考えてることはだいたいわかるつもりだよ」
「なにそれ」
「安心してよ、俺は幸せだから。…名前が今俺のこと考えてるぶんだけ、不謹慎だけど幸せなんだ」
私が秀一に死んで欲しくないだとか幸せにしたいだとか考えていること自体が彼にとっては幸せだと、そう言いたいらしい。
冷めきったポテトごとトレイを持ち上げて、ようやく私は立ち上がった。
秀一があんまり幸せそうな顔でいるから、腹が立ってうっとうしくなって、もう泣いてしまいそうだ。
end