暗黒武術大会三日目の夜。
ぼたんや静流さん、幽助君達みんなで入浴に向かい、一足先にあがった私は一人でホテルの部屋へ戻った。
「早かったね」
用心のため部屋をがら空きにするのは避けたいと言って、皆と入浴せずに残っていた秀一が本から顔をあげて私を見た。
「秀一も行ってきていいよ。私が部屋残ってるから」
「ありがとう。でも幽助達が戻ってからにするよ」
秀一は視線をテーブルに巡らせて、ふとソファから立った。
それから私のいぶかしげな視線に気づいたのだろう、こう続けた。
「人間ていうだけでいつ危険な目にあってもおかしくない。名前を一人になんかして行けないよ」
秀一がやり過ごそうとするからムッとしてしまった。
嘘つきめ。
「試合直後でヨレヨレの秀一よりはまだ私のが強いよ」
私に紅茶でもいれようとしたのだろう、歩きだそうとした秀一の腕を引っ張ってソファに座らせる。
「行きたくても行けないんでしょ。涼しい顔してるけど、凍矢にやられた傷が痛くて歩くのもやっとなんじゃない」
何かいいたげな秀一の隣に私も腰を下ろした。
「それに、結構ひどい傷だから、見せたりしたら幽助君や桑原君に心配されちゃうものね。やさしいなあ、秀一は」
彼はため息をついてカップを手にとった。
「…かなわないな、名前には」
「だてに幼なじみはやってないよ」
秀一からカップを奪いとってコーヒーを飲み干した。
うーん、苦い。
「じきに治る。心配いらないよ」
「…そうやって強がるから余計心配になるんだってば」
あきれたようにいうと、秀一はあごに手をあてて考えるしぐさをした。
「それなら、これからはもっとうまく隠すよ」
真面目な顔をして言うから慌ててしまった。
秀一に本気を出して隠し事をされたらきっと見抜けない。
私になら気づけてしまう程度にしか弱みを隠そうとしない。
それが秀一の甘え方だ。
そして、そこにしか秀一の中に入り込む隙はない。
閉鎖的で壁をつくりがちな秀一が、甘えようともしなくなったらもうお手上げだ。
「やっぱり心配くらいはさせて」
慌ててこう言った私を見て、秀一は少年みたいに無邪気な笑い方をした。
志保利さんの前でもこういう顔してればいいのに。
幽助君達といる時もフッとかいう気取った笑い方しかしないし。
ようやく入浴に行った秀一を、戻ってきた桑原君とトランプしながら待っていたら、ぼたん達がお酒を持って乗り込んできた。
温子さんが酔いつぶれた頃、戻ってきた秀一がベッドのある部屋に入っていくのを見つけて私も後につづいた。
雨のせいで室内は電気をつけても薄暗く、ドアを閉めると桑原君たちの声が小さくなった。
「秀一、上の全部脱いでそこに寝て」
「…平気だって」
「ダメ。ほら早く」
「自分でやったから」
「背中までできてないでしょ。腕の包帯も巻きなおすから」
深手の傷に触れたとき秀一は少し顔を歪めた。
「ごめんね。痛い?」
「名前が謝ることはないよ」
またそうやって壁をつくる。
ムッとして、わざと包帯をきつく締めてやったら
「…痛い」
ぶすっとした顔でそっぽを向いたから笑ってしまった。
いつもそういう顔しててよ。
手当ての途中で秀一の背中の傷を見ていたら、無性にいとしく思えてきた。
あれから秀一は眉ひとつ動かさずに手当てを受けていたけれど、どの傷もひどいもので激痛に耐えていたのに違いなかった。
どうか秀一が私に傷を隠したりしないように。
心を閉ざす日など来ないように。
包帯越しの傷口にそっとキスをした。