寡黙だと思っていた天才若手文筆家は意外にもおしゃべりな奴で、話してみると予想以上に気が合った。
海藤とはいい友達になれそうだ。
「……部屋中植物だらけにした上にあいつ、オレの頭上から背後とって仕掛けてきたんだぜ」
「で、後ろから不意打ちでおどかされて負けちゃったと」
「いや、それはこらえたんだ。オレが負けたのはその後に見た南野の顔だよ」
そこで海藤はちょっと口角をあげた。
笑うのをこらえてるみたい。
「なに、どんな顔だったの?」
放課後の教室に誰が残ってるわけでもないのに、海藤が真面目腐った顔をするものだから、つられて神妙な顔つきになった。
「それがな…、」
「うん」
「…×××だったんだよ。」
「く、蔵馬が?」
聞いた瞬間、限界まで腹筋が活性化した。
あの蔵馬がそんな顔するなんて。
「だろ?まさか南野がさ…」
海藤もその時のことを思い浮かべたらしく、盛大に噴き出した。
お互い椅子から転げ落ちそうな勢いで笑った。
あははっ
あははっ
「楽しそうですね、二人とも」
あは…。
はは…。
「まさか、俺が、なんだ?」
振り向いたら、やはりというかまさかというか蔵馬が立っていた。
しーん。
一気に気温が下がった気がする。
気まずい中、海藤が信じられないような俊敏さで立ち上がった。
「そういえば、原稿の〆切りが近いんだった。じゃあ、俺はこれで」
え、ちょっと落ち着いて海藤。
今の蔵馬と二人きりにするなんて、ひとでなしにも程がある。
待って、見捨てないで!
ガラガラ、ピシャンッ
しーん。
静まりかえった教室に、不穏な空気が流れる。
…私も早く逃げないと!
立ち上がった瞬間、ぐわっしと手を掴まれた。
「彼氏のお出ましだっていうのに随分と素っ気ないな。どこに行くの?名前」
「い、家に帰ろうかなと」
「奇遇だね、俺も家に帰るところなんだ。一緒に帰ろうか」
指先をからめられ、あやしい指使いでなぞられた。
「…家に帰してくれるんだよね?」
「ええ、もちろん帰しますよ。俺の家に寄った後でね」
…た、助けて!
必死に宙をかいて抵抗するも虚しく、ズルズルと引きずられて教室を後にした。
海藤なんて、もう絶交だ。