「…ううっ…ううう〜〜…」
「なんだ、うるせぇな」
「グズン……死にたい」
「な!?なに泣いてんだ!?どっかいてぇのか!」
「吐きそう…」
「なんだと!?悪いもんでも食ったか?待ってろ今病院に…」
「…ベイシックスのナカーノくんがね、結婚しちゃったの、お腹痛いムリ死ぬ吐きそう」

わたしの両肩をつかんだまま固まっていたフィンクスは、一拍おいてからハッと我に返り、そして次の瞬間わたしを蹴り飛ばした。遠慮のかけらもなくゲシっと。

「勝手に吐いてろ馬鹿野郎」

背中の向こうでわたしの愛用のソファにドカッと腰を下ろすのが聞こえた。なんてひどい友人だろう。わたしにとってナカーノくんの結婚は、大げさではなく、世界の終わりのようなものなのに。流星街から一緒の竹馬の友が、家に勝手に上がりこまれてくつろがれても文句ひとつ言ったことのない菩薩のようなこの友が、こんなにも落ち込んでいるのだから慰めの言葉のひとつやふたつやみっつ、あったっていいじゃないか。それを言うに事欠いて傷心のわたしを蹴るとはどういう了見だ。失敬や薄情を通り越して鬼だ。およそ人間のやる事とは思えない。
ああ、なんで結婚しちゃったのナカーノくん。お腹痛い。吐き気がする。涙はボロボロ止まらないし鼻水だって出てきた。このまま身体中の水分がなくなったらミイラになって死ぬのかな。いっそそれでもかまわない。ナカーノくんが既婚者の世界なんて…。
それにしても、わたしがこんなに思い詰めて死にかけてるというのにフィンクス、あのアンチクショウ。蹴りやがった。ひどすぎる。フィンクスなんて、フィンクスなんて…!

「……きらいだこのやろう」

勢いあまってつぶやくと背後でフィンクスがピクリと動いた気配がした。向かいにある食器棚のガラスに映る、ソファに座ったフィンクスの背中を見てみる。ちらりとこっちの背中をうかがっている。
やがてフィンクスは思い直したように完全にこちらを振り返り、ティッシュの箱を投げてよこしてきた。

「ほらよ」

黙って受け取りズビバと豪快に鼻をかんだ。かみ終わったティッシュを丸めてゴミ箱に捨てるのを待ってから、フィンクスは言った。

「きらいとかいうな」
「きらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいフィンクスなんてきらーーい」
「ア?」
「なんだやるかコラ」

フィンクスはソファから降りてくるとずんずんせまってきた。

「まっ、ちょっとタンマ!うそ!うそうそうそだから!」
「ふざけんな」

問答無用でわたしの両のこめかみをグリグリやった。

「イダイ!イダイ!イダダダダダ暴力反対暴力反対」
「お前は俺のこと好きだろうが」
「……ぼうりょくはん…は?」
「俺もお前のことが好きだ」

それでいいだろうが、とフィンクスは吐き捨てるように付け足した。そのお世辞にもいいとは言えない目つきの、目尻を少し赤くにじませながら。
なにが「それでいいだろうが」なんだろう。でも思い返せばそうだ。ベイシックスのナカーノくんはフィンクスに似てるから好きになったんだ。


end
161130
*ベイシックのナカーノくんは架空の登場人物です。実在の人物とは全く関係ありません。
back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -