!本誌ネタバレと捏造の死ネタを含みます。ご注意ください。



たとえ頭をなくしても、蜘蛛は動きつづける。手足だけになろうと動きつづける。だが、頭を残して手足をもがれたらどうだろう。

おだやかな午後の絶望

まただ。暗い部屋のすみに名前がいる。俺に背を向けて泣いている。俺はソファで古書を開いていたが、いつからかページをめくる手が止まったままだ。わかってる。これは夢だ。強欲で不遜で何ひとつ失うものがないと思い込んでいたころの俺がくりかえし見ている愚かな夢だ。


ウボォーが死んだ。パクが死んだ。名前が泣いた。薄暗い部屋のすみで泣いている。

「なぜ泣く」
「かなしいの」
「ふたりが死んだことか。その気持ちはわかるよ。だがお前はもう十分すぎるほど泣いただろう」

悲しみは理解できる。だが悲しみ続ける彼女は理解できなかった。どうしたって理解できない。俺にとっては悲しみは一過性のものにすぎないからだ。通り過ぎればただの記憶と変わりない。記憶に縛られて生きる奴がたまにいるが、それはもっとも愚かな生き方のひとつだ。



シャルとコルトピが死んだ。名前はもう泣かなかった。俺の前では。

「わたしにはクロロを理解してあげられないし、クロロもわたしを理解できないね」
「ああ、そうだな」
「クロロのそばにいると苦しい」
「そうか」
「死にたがりのそばになんかいられない」
「俺は死にたがっているわけではないよ」
「同じだよ。生きることに執着してないんだから」
「お前がそう考えるならそれでいいよ。議論するつもりはない」
「変わる気もないってことだよね」
「安穏とした日常に身を置く人間にか」
「うん」
「俺が変われるならあいつらも変われた。死ななかった」
「…そうだね。知ってたような気もする」

安寧と秩序に身を委ねる俺がいたなら、それこそ死んだも同じだ。

「…わかれようか」
「いいよ。お前がそうしたいならそうしよう」

蜘蛛がそうであるように俺自身もまた来る者拒まず去るもの追わずでやってきた。とくに女に関しては。名前は付き合ってる間、どれだけ俺が相手にしなくてもけして俺に背を向けなかった。だから長く続いた。彼女のことはそれなりに愛していたと思う。わかれは悲しいとも思う。それでも悲しみは一過性のものにすぎない。通りすぎればただの記憶になる。記憶に縛られるのは愚かだ。今もそれが間違った考えだとは思わない。それなのに喪失感はいまだ俺の中に居座りつづけている。



ウボォーが死んだ。パクが死んだ。あのとき名前は言った。

「なぜ泣く」
「かなしいの」
「ふたりが死んだことか。その気持ちはわかるよ。だがお前はもう十分すぎるほど泣いただろう」
「そうじゃないよ。…ふたりのことはね、どんなに悲しくてもいつかちゃんと乗り越えられるってわかるよ、自分でも。シャルもマチもコルトピもフィンもいてくれる。みんながいてくれるおかげで乗り越えられる」

でも、と名前は眉根を寄せた。

「今そばにいてくれる誰も、わたしのためには生きてくれない。それが苦しいよ」

涙をこぼして膝を抱えていたあのときの名前に、背負っていたいっさいを捨てて「俺がいるよ」と陳腐な、けれど名前の望んでいる台詞を吐いて抱きしめてやれたらどんなによかっただろう。いなくなった今ならもう言ってやれるのに。

あれからノブナガが死んだ。フランクリンが死んだ。シズクも、フィンも、ボノレノフも、マチも、フェイタンもみんな死んだ。名前はもういない。
たとえ頭をなくしても、手足があれば蜘蛛は動きつづける。だが、頭ひとつでは動けない。どこへも行けない。

眼を開けばもう部屋のすみで泣いていた名前は消えている。誰もいない。あいつらの笑い声も怒声も聞こえない。ホームは死んだようにおだやかな、そして安らかな静寂に満ちている。
起きたばかりだというのにひどく眠たかった。半壊した天上から漏れそそぐ柔らかな日差しに、背中を押されるように再びまどろみに落ちていく。
ああ、少し疲れたな。
160614
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