「…名前」

「…はい」

「何か言うことは?」

「ごめんなさい?」

正座で首をかしげる私。それをソファから見下ろすイルミ。今まさに私は説教を受けんとしているのだった。

***
説教の原因は私の癖にあった。
私はイルミの髪をいじるのが好きだ。本人には、俺の髪で遊ぶなって言われてるけどついやってしまう。
その夜も、仕事から帰ったイルミが白いベッドに豊かな黒髪を広げて眠ってるのを見ていたらイタズラ心を抑えられなくなった。とうとう艶々のストレートを散々ブラシでといた後、かわいらしい三つ編みにしてしまった。ついでにうさぎの飾りのヘアゴムもつけた。
恋人のひいき目を抜きにしても、こんなにおさげの似合うきれいな男はそういない。身じろぎひとつしないで静かに眠る彼は、まるで精巧に作られた人形みたいじゃないか。ああ、黒髪おさげ万歳。だなんて満足して、私はのんきにおさげイルミの隣で眠りについてしまった。まさか翌日の夕方帰ってきたイルミの黒髪がそれは素敵なウェーブになっていて、そして彼自身はカンカンだなんてこれっぽっちも思いもせずに。

「…名前」

「はい」

「…俺の髪に何してくれてんの」

「……えーっと、アンジ○ラ・アキみたいで可愛いね?」

「けんか売ってるの?」

「冗談です」

「俺の髪で遊ぶなって前にも言ったよね」

「つい出来心で…」

申し訳ありませんでしたと三つ指ついた私を、ソファから足を組んで見下ろすイルミの目は永久凍土のように冷たい。

「お前全然反省してないよね?」

「バレた?」

エヘ!とウインクしながら笑いかけると、情け容赦ないチョップが頭に振り下ろされた。

「痛い…」

「反省しなよ」

反省したいのは山々。だけど残念なことに、年中忙しくて家に帰ってもほとんど眠っているイルミと久しぶりに会話してる嬉しさ。今の私の頭にはそれしかないのだった。なんたる花畑脳!
ひととおり私に冷たい視線を浴びせた後で、イルミは優雅な手つきでカップを置いてから言った。

「…まあ、お前のその癖は俺のせいでもあるか」

「…気づいてたの?」

「当たり前だろ。どれだけお前といると思ってるんだよ」

知らないことなんてないね、とイルミは長い足を組み直す。
私がイルミの髪をいじるのは、さびしさをもてあました結果だった。
イルミが仕事で忙しくなればなるほど、それに比例して私はイルミの髪をいじりたくてしょうがなくなる。なぜって、疲れて眠ってるのを起こすわけにはいかないし、といって寝込みを襲う度胸もない。それで私はあの長い黒髪で遊ぶことを覚えたのだ。
ふいにイルミは私の首根っこをつかむとちょうどクレーンゲームのような要領で自分の上に座らせた。あら?これは一体。今から何がはじまるっていうの。向かい合わせのイルミの顔をまじまじと見てしまう。でもどれだけ見てもイルミはイルミ。いつもとなんら変わりない無表情だ。どこからどう見ても完璧な無表情。ああ、この人一体どこに表情筋を落としてきたのかしら。
そんなことを思っていたら突然またチョップされた。痛い。

「お前今何か失礼なこと考えただろ」

「バレた?あのね、イルミの表情筋について考えてたの。これだけたいそうな筋肉が身体のあちこちにあるっていうのに表情筋だけ一体どこに忘れてきたのかなって思って」

振り下ろされる三度めのチョップ。痛い、痛い。私の脳細胞は破壊された。涙目で頭をさする。すると意外なことにイルミの手が伸びてきて、私の手の上からそこをなでた。やさしい手つきに何だか拍子抜け。
ふと背中に腕が回ってきて後ろ髪をすかれる。

「…イルミ?」

「仕方ないな」

ぐいと抱き寄せられてイルミの胸に身体を預ける。

「なに?」

「またこんな頭にされた日には仕事にならないから、今日はお前にかまってあげる。夜中までずっと」

私はパッとイルミから身体を離して、その表情筋の欠落した顔を覗きこんだ。

「…ほんとに?」

「うそを言ってどうするの」

「だって疲れてないの?寝なくていいの?」

問い詰める私の鼻先をつまんでイルミは逆に聞き返した。

「お前は俺に寝てほしいの?」

その大きな目に間抜け面した私がうつりこんでいる。私は小さく息を吸い込んでから自分の本音と向かい合った。

「…正直にいうとね」

「うん」

「寝ないでかまってほしいです」

「言えるじゃない」

よしよしと頭をなでられる。少し乱暴に。でも心地よかった。

「…でもやっぱりいいよ。寝てイルミ。私はいいからべつに、ほんと」

「…意味がわからないんだけど。何をどうしたらそういう結論になるの?」

イルミは不機嫌そうに片眉を動かした。

「……だって」

「何?」

「寝不足になってイルミが仕事でケガしたりしたらやだ…」

なんだそんなことか、という風にイルミは声を上げて笑った。めずらしい光景に私は目をぱちくり。

「何寝ぼけたこと言ってるんだよ。お前、俺を誰だと思ってるわけ」

まるで動じる様子もなく、不遜な態度で言い放つイルミ。

「誰ってー…」

私は口を開いたまま、数秒の間、自分の言葉が出てくるのを待った。そして出てきた答えは。

「…エリート暗殺一家の長男イルミ=ゾルディック様?」

「正解」

飛びつくような勢いでイルミの首に腕を回した私の肩口で、イルミがそっとおだやかに笑ったのは、残念だけど見逃してしまった。
end
20160419
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