ヒソカくんの家の前。電話をかけると「空いてるよ」とメールが来たので勝手にドアを開けた。そして入るなり廊下に待ち構えていたヒソカくんと対面する。

「やあ、名前」

ベッドで寝込んでいるはずの彼が満面の笑みを浮かべトランプ片手にはつらつとして座しているのを見てよもやまさかと絶望した。


***
私とヒソカくんは同じ学校のクラスメイトで席が隣になったのをきっかけに友達になった。なったんだけど、彼は冗談のような頻度で嘘を吐く(誕生日だっていうからあれこれ悩んでプレゼントを用意したのに当日になって「誕生日?ああ、あれはうそだよ」と平気で言ったり、消しゴムを忘れたって言うから貸してあげたのに実はちゃんと持っていたり、昨日はコンタクト落としたって言うから一緒になって探してあげたのに途中で本当は元々裸眼だとか言い出した)のでもういい加減そろそろ友達やめたい。


***
「高熱が、あるんじゃなかったの?」

買ってきた冷えピタだの清涼飲料水だのが入った袋を思わず床に取り落とす。
朝一番、ヒソカくんから電話で「熱を出して動けない」と切羽詰まった声で呼ばれた私は慌てて家まで駆けつけた。
そうして今にいたるのだけど。

「騙してごめんねえ」

トランプタワーを作りながら笑っているヒソカくん。ちっとも悪いと思ってなさそうでふつふつと怒りが沸いてくる。

「…授業サボって来ちゃったじゃない」

「おや、名前にしてはやるねえ」

低い声で静かに訴える私。反対にヒソカくんは軽い口調で茶化して視線はトランプタワーのてっぺんに集中している。

「一人暮らしで食べ物も何もなくて死にそうだって電話で言った」

てっぺんで最後の二枚が支え合ってトランプタワーが出来上がった。ヒソカくんはこちらを見上げて愉快そうに微笑む。

「全部嘘だよ」

「…信じられない」

ふざけてる。よっぽど冷えピタを投げつけてやろうかと思ったけどだんだんとそんな気も失せてきた。

「もうヒソカくんの言うことなんて二度と信じない」

「うん。僕もそれがいいと思うな」

「…帰る」

「ええ?せっかくだしこれからデートでもしようよ」

「しないよふざけないで!」

私の剣幕にトランプタワーがパタパタと崩れ去った。

「…ふられちゃった…」

ヒソカくんはうなだれて落ち込んだふりをする。けど無視だそんなの。今までの私ならいちいち自分が悪いように思って気がとがめていただろうけれど今度という今度はもう騙されない。どうせ彼得意のお芝居だ。つきあったら馬鹿を見る。

「……何度も聞くけど、どうして嘘ばっかりつくの」

「僕も何度も言うけど、名前が好きだからだよ。今日はデートがしたかったんだ」

にこりと笑う。真剣に聞いてるのに。

「嘘ばっかり!」

「本当のことだよ」

きっとヒソカくんは嘘と「ごめん」以外の言葉を知らないのだ。

「今日の電話でもそう言ったじゃない。今度は本当だって。」

情けないことに声が震えた。目の奥から熱いものがあふれてくる。
友達になったから仲良くしたい。私にできることがあるならしてあげたい。ただそれだけのことなのにどうしてヒソカくんは私を苦しめるんだろう。

「ごめんね」

「……いやだ」

それでもヒソカくんは笑っているばかりでまるで何を考えているのかわからない。

「…もうきらい」

「うん」

涙がこぼれた。

「だいきらい」

「うん」

「本当にもういや」

「うん」

「もう友達なんてやめる。もう絶っこ…」

柔らかな感触にさえぎられた。にこにこ笑ってうなずいていたヒソカくんが私の口をふさいだのだ。
瞬く間に離れていった口元。両端がつりあがって弧を描く。

「絶交なんて言わないでよ」

涙の代わりに今度は熱がこみ上げてきた。

「さみしいじゃない」

ヒソカくんは無邪気そうな笑顔を浮かべる。信じられない。本当に信じられない。

「……だいっきらいっ!」

怒鳴りつけてドアノブに手をかけた。するとヒソカくんの左手が重なってきて開けさせまいと邪魔をする。私を閉じ込めるように右手をドアについて距離を詰めてきた。

「僕は大好きだよ。女の子として名前のことが好きだ」

頭上からまるで脳にうったえかけるみたいにささやく静かな声。
片手でドンと彼を突き飛ばした。

「ヒソカくんの言うことなんて信じないってば!」

信じたら馬鹿を見る。
仮に百歩譲って本当だとして、こんな嘘しか知らないような人に好かれるだなんてそんなおそろしい話信じたくない。

「本当なんだけどなあ」

「一生言ってたら!」

ずっと信じてあげないから。
私は冷めきらない熱を持ったままヒソカくんの家から出て行った。
(つい嘘をつく。君の気を引きたくて)
end.
20150521
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