「ちょっと待ってください」
あの後、彼は風邪が悪化するといけない、しっかりと休めと言って私を寝かせた。
私も彼の言葉に甘えたのだが、今ならその行動がどれだけ愚かだったのかがわかる。
「なんでちゃっかり婚姻届もらってきてるんですか!?しかも記入済みですし!!」
「両想いなんです。どちらも法律上結婚できる年齢ですし問題はないかと。ああ、それと」
「…なんですか」
「貴女は使用人から解雇しました」
「はい!?」
「この間の罰ですよ。入籍以外なら認めると言ったじゃないですか」
「確かに言いましたけど…。でも、それでは私が此処にとどまれる理由がないでしょう!!」
「ありますよ。…私の妻として此処にいればいい」
「だから何で勝手に籍をいれようと…!!皆さんも笑ってないで説得してください!!」
こんなやり取りをしたのが昨日のこと。
あの後、私は他の使用人にも手伝ってもらって彼を説得した。
その内容は『籍を入れない』、『使用人としては解雇しても護衛は続ける』というもの。
これをのまないと出ていくと言えば彼は渋々納得してくれた。
そして、今日も秘書(と言う名の護衛)として彼と共に出社した。
と言っても会社には少し寄る程度ですぐに取引先に向かう。
この後、面倒なことに巻き込まれるとも知らずに。
―――――
――――――――――
(拳銃は……3丁。……少なっ)
緊迫した状況の中、私は流暢に構えていた。
ちなみに、私は頭に拳銃突きつけられてます。
「この娘がどうなってもいいのかな、柳生社長?」
「くっ…」
取引先は柳生家と肩を張れるほどではないが、それなりに大きな財閥が経営する会社だった。
ただ、黒い噂が多い。
元々取引も乗り気ではなかったのだがどういうわけかせざるを得なくなったらしい。
私が人質に捕られているのは取引内容を追加するため。
その内容は不平等なものだ。
彼がのむはずもない。
普段なら。
今人質に捕られているのは私だ。
彼が私を切り捨てて自分に有利に取引を進めようとするとは思えない。
足手まといには、なりたくない。
「…いい加減放してくれませんかね」
「あ?――ってえ!!」
私を捕らえていた相手の腕を捻り、拳銃を奪う。
そして自分が忍ばせていた拳銃を取りだし、その2丁の拳銃で相手の拳銃を撃ち落とす。
それは一瞬のことで彼はおろか、相手も誰一人として反応できなかった。
今も呆然としている。
「次は頭を撃ち落として差し上げましょうか?」
にっこりと満面の作り笑いをすれば、相手はヒッと肩をすくめる。
「社長、このような輩と取引などする必要はありません。帰りましょう」
暗に逃げようと言う。
私一人なら相手全員を片付けることは不可能ではない。
ただ、今は彼がいる。
彼は戦闘の経験などないだろう。
荷物になるだけだ。
「そうですね。帰りましょうか」
彼は言葉の意味を察し、若干震えながらも平然を装って返答した。
私はそんな彼の手を引き、外へ出ようとする。
が、
「逃がすか!!」
私を捕らえていた男がどこからかナイフを取りだし彼に切りかかった。
とっさに彼を突き飛ばして庇う。
「彩月!!」
「っ…」
彼が慌てて私に駆け寄る。
その顔は酷く悲しみに歪んでいた。
「彩月、腕が…」
「心配しないでください。傷は結構浅いですから」
そう言いながら流血している左腕をおさえる。
彼は自分のハンカチを取りだし、応急措置と称して血を止めるように腕に巻いた。
「ありがとうございます」
私は毅然とした声で礼を言い、立ち上がった。
「今の、私が発砲した後のやり取りを録音させていただきました。今後何かあれば……わかりますよね?」
では失礼します、と相手に頭を下げ、彼を外に出るように促した。
「申し訳ありません。あなたを傷つけてしまった…」
外に出ると彼はすぐさま私に謝罪をのべた。
「これが私の仕事ですから」
そう笑えば彼は悲しそうに眉をしかめた。
この痛みすら愛しくて
(だから、そんな悲しそうにしないで)
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