「…あれ」
目が覚めると私は自室のベットに寝かされていた。
カーテンの隙間から日差しが漏れていて朝なのだと悟る。
ふと自分の顔のすぐ右になにかがいることに気づいた。
そっと触ってみるとさらっとした髪の毛があって人なのだと気づく。
目を凝らすとそれは綺麗な栗色をしていた。
「比呂士様?」
まさかとは思うが彼しか思い当たらない。
そのとき、その人がもぞりと動いて顔をあげた。
「彩月、起きたんですね」
にっこりと微笑んだのは彼だった。
眼鏡をかけていなくていつもと印象が違う。
昨日と同じ服を着ていることから恐らく自分のことを付きっきりで看病していたのだろう。
「なんで…」
「はい?」
「なんで貴方がたかが使用人のために動くんですか」
昨日はここで寝たのでしょう、と問えば彼は驚いて目を見開き、それから嬉しそうに目を細めた。
「貴女が好きだと言ってくれたからですよ」
「え、」
確かに言ったが、口に出した記憶はない。
呆然としていると彼は私の考えを見抜いたように口を開いた。
「しっかりと口に出ていました」
彼が私に近づく。
「彩月、なんで愛せないなんて嘘をついたんだと問い詰めるつもりはありません。ただその好きだと言う言葉が本心なら私を受け入れてくれませんか?」
彼がそっと壊れ物を扱うかのように私を抱き締める。
「貴女が何を抱えて苦しんでいるのかは分かりません。でも貴女の支えになりたい。…それでは、駄目ですか?」
耳元で囁かれる言葉に静かに涙がこぼれた。
彼は私が苦しんでいることに気づいていた。
内容こそ知らないものの私が打ち明けていないこの苦しみに気づいてくれていた。
本来なら敵に心情を悟られるなどあってはいけないこと。
でも私はそれが嬉しくて、彼は『私』を見ていてくれたのだと思えて。
「比呂士様さえよろしければ」
つい了承してしまった。
「ありがとう、ございます」
彼の腕に力が入る。
まるで絶対に手放すまいとでも言っているかのように。
失ったのは退屈な未来
(手に入れたのは束の間の幸せ)
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