「…女性ですか?」
彼と出会ったとき、彼はこういった。
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私の名は藤原彩月。
今日から柳生財閥の総帥、柳生比呂士に仕える使用人だ。
といってもただの使用人ではない。
彼の護衛役も兼ねた使用人だ。
…というのは半分嘘。
私は柳生家の使用人となり中の秘密を探るスパイだ。
最終的には今から主になるこの柳生比呂士を抹殺することが今回の任務。
彼、柳生比呂士は2年前、25の若さにして柳生家の総帥となった優秀な人物だ。
彼を総帥に選んだのは前総帥で彼の祖父であった方らしい。
何でも、彼の父親は医療の道に進みたいと言って総帥の役を蹴ったとか。
そのため彼は半強制的に若くして総帥になったのだがそれを苦に思うことはなく、寧ろ楽しんでいるらしい。
事実、彼が総帥になってから元々景気のよかった柳生家の経済はさらに右肩上がりに上昇していった。
若いのに地位もあり優秀な彼だ。
確実に命を狙う輩がいる。
そこで柳生家は腕のある護衛を雇おうと言うことになったのだ。
まあ、女が来るとは思っていなかったのだろうが。
そしてその雇った護衛がスパイだとも思っていないだろう。
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「はい。本日より柳生比呂士様の専属使用人兼護衛を勤めさせていただきます、藤原彩月と申します」
よろしくお願い致します、と深々と頭を下げる。
「…顔をあげてください」
主の言葉におとなしく従う。
顔をあげると先ほどまで呆然としていた彼が優しく微笑んでいた。
そして私の頬に片手を伸ばす。
「…美しい人だ」
「…は?」
予想していなかった彼の言動に思わず間抜けな声が出る。
彼にもその声が聞こえたのか、きょとんとした表情になった。
そして今の私の言動は使用人が主に対してするのにはとても失礼なことだと思い出した。
「っ失礼しました!!」
勢いよく頭を下げる。
ここで彼の機嫌を悪くして解雇されてしまえば元も子もない。
しかもこんな理由で解雇されたとなれば帰っても殺されるだけだ。
そう思うと体が震える。
いくら汚いことに手を染めてきたからと言っても、自分が死ぬのは怖い。
彼の声を怯えながら待っていると、くすくすと笑い声が聞こえてきた。
何事かと思い、少しだけ顔をあげる。
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ」
「え、」
「顔をあげてください」
今度はしっかりと姿勢を起こす。
すると何故か彼に頭を撫でられた。
「あの、柳生様?」
「貴方は可愛らしいですね」
「え、あの、」
「苗字で呼ぶのはやめていただけませんか?家のものと被ってしまう。できれば様付けもなしで」
「え、柳生――」
「命令ですよ、彩月」
そう言ってにこりと笑う彼にドキッと心臓が跳ねた。
―――なんだ、今のは。
「…では、比呂士さんで、よろしいでしょうか?」
「はい」
彼は満足そうに笑った。
「これからよろしくお願いしますね、彩月」
あの笑顔が消えない
(私は貴方の敵なのに…)
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