あれなら何日か過ぎた。
正確な時間はわからない。
ただ寝て、食べて、たまに様子を見に来る彼と軽い会話をするような生活をしていた。
そんな、ある日。
「彩月さん!!」
バン、と部屋の扉が勢いよく開き彼の妹が私の元へ飛び込んできた。
彼女は何かを言っているが、泣いているようで内容がよく聞き取れない。
ただぎゅっと私を抱き締める腕に力が入っていることだけはわかる。
そのとき扉の方でコツ、と誰かの足音がしたのでそちらを見れば彼が苦笑しながらそこに立っていた。
そして、彼女の名を呼ぶと私たちの方に歩み寄った。
「少し席を外してください。私は彩月と話がしたい」
そう言いながら私の手錠と足枷を外す。
彼女は大人しく部屋を出ていった。
満面の笑顔を浮かべながら。
「彩月、少し話を聞いてくれますか」
「…ああ」
私も今どんな状況なのか知りたい。
素直に頷いた。
だが、私を待っていたのはとんでもない爆弾発言だった。
「あなたの家を買収しました」
「…はい?」
なんといったこの人は。
確かバイシュウって…
買収!?私の家を!?
私が呆然としていると彼はクスクスと笑いながら話を続けた。
「藤原家を柳生家の専属の護衛団にしたんですよ」
「え、」
「ああ、あと私を殺すようにあなたの家に依頼した輩は潰しました」
「!!??」
にっこりととんでもないことをいい放った彼に私は絶句した。
潰した、だ!?
どんな思考回路をしているんだ、この人は。
自分を狙っていた奴等を潰しにいくなんて驚きを通り越して呆れを通り越して感心する。
だって普通はあり得ない。
はあ、とため息をつくと彼がクスッと笑った。
「これで貴女は私と共にいられます。何か言いたいことはありますか?」
…そうか、そういう考えか。
確かに欲しい物は全て手に入れる主義とは言っていたがここまでとは…。
そして私に拒否権はないらしい。
有無を言わせぬ口調だ。
「…これからもよろしくお願いします」
彼は私が何を言おうと私を手放すつもりは毛頭ないだろう。
半ば諦めながら言えば彼は満足そうに笑って一枚の紙を私に見せた。
「…婚姻届、ですよね。コレ」
「正しくはそのコピーですね。もちろん本物は役所に出してあります」
「……流石やることが早いですね」
「嫌でしたか?」
彼は先程までの作り笑いにも似た笑顔とは違い、優しく穏やかな笑みを浮かべていた。
「…嬉しいですよ」
少し恥ずかしかったが、笑って素直に気持ちを伝える。
こういう気持ちに嘘はつきたくない。
だが、私はふとあることが思い浮かんで顔を伏せた。
「彩月?」
「使用人の皆さんにはどう言うのですか…?」
きっと彼らは私を受け入れてくれない。
私は彼らが忠誠を誓っている彼を殺そうとしたのだから。
「それなら心配は要りません」
「え、」
「この件は彼らにも協力してもらったんですよ」
「彼らも貴女を敵だと思いたくなかったんです。話をしたらちゃんと受け入れてくれました」
「っ…!!」
ということは、私は彼の妻として周りにも認められて生きていけるということなのだろうか?
そう考えると嬉しくてつい涙がこぼれた。
彼はそんな私をあやすようにそっと抱き締める。
「愛しています、彩月」
「わた、し、も、比呂士、さまのこと―」
「もう貴女は使用人じゃない。敬語も要らないし敬称も要らないんですよ」
「っ愛してる、比呂士!!」
そう私が告げると彼は笑って小さく口付けた。
「もう、貴女を苦しませたりなんてしません」
さよなら恋ときみ
(こんにちは愛と愛しいあなた)
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