思い立ったら即行動、ということで私は彼女に腕を引っ張られながら廊下を歩いていた。



「ちょ、美幸ちゃん!!何するつもり!?」


「まあそのうちわかるから」



そういう彼女は鼻歌を歌っていて至極上機嫌だ。



「よし、到着!!」



そう言われて着いたのは彼の部屋の前。
…まさかとは思うが。



「じゃあ、ごゆっくり!!」


「わっ!?」



美幸ちゃんは勢いよく扉を開け私を中に押し込み、素早く扉を閉めた。
意外と力持ちだったようで思いっきり押された私は床に倒れ込んだ。
ガチャリ、という音がしたことから外から施錠したのだろう。

痛みに悶えながらゆっくり顔をあげると驚いて目を見開いている彼がいた。
そして彼は状況をいち早く察したのか、私の元に駆け寄ってきて手を差しのべた。



「大丈夫ですか…?」


「ええ…。ご心配をおかけして申し訳ありません」



私は彼の手を取らずに自力で立つ。
彼の瞳が悲しそうに見えた。



「読書の邪魔をしてしまい申し訳ありません。今すぐに出ていきます」



そう言い彼に背を向けると彼は私の腕をつかんだ。



「いえ、今呼びにいこうと思っていたので構いません。ここにいてください」



にっこりと彼が微笑む。
それはどこか無理をしているようにも見えた。



「本を読み終えてしまいましてね。雑談の相手にでもなっていただけませんか?」


「…はい」



本当は今すぐにこのドアを蹴破って逃げ出したかった。
これ以上彼のそばにいたら私はスパイとして生きていけなくなる気がしたから。



「…お茶をお持ちしましょうか?」


「いえ、結構です。それよりそちらに座ってください」



逃亡作戦、失敗。
仕方なく言われた通りソファーに腰かけた。
彼も向かい側に座る。



「昨日は、申し訳ありませんでした」



彼は座るやいなやすぐに謝罪を述べた。
でも顔はおかしいくらいにきれいな笑顔。
それは作り笑いで謝罪も本心出はないことくらいすぐにわかった。



「…いえ、私こそ殴ったりして申し訳ありません。罰があるならなんなりと申し付けくださいませ」



立ち上がって頭を下げる。
すると彼も立ち上がる音がした。

顔をあげると彼はすぐ近くにいた。
そして私の頬に右手を伸ばし、左手は私の腰辺りにのばし私を抱き寄せる。



「では、罰として私と入籍してください」



彼は相変わらずの作り笑いで言い放った。
動揺は、しない。
彼はそのまま続ける。



「私は欲しいものは全て手に入れる主義でしてね。例え貴女だろうと遠慮はしない」



そして鼻先がぶつかるほどに顔を近づける。



「ねえ、彩月?」



彼は妖しく笑う。





――なんて甘美な響き。

全てを投げ出して彼に飛び付いてしまいたい。
過去を全て抹消して、新たな未来を築くために。


でも、無理。
私は敵。
彼を殺しに来たスパイ。
そんなこと許されない。



「お断りいたします」



きっぱりと迷いのない口調で答える。
彼も動揺することはなかった。



「これは罰ですよ」



にっこりと微笑む彼が忌々しい。
なにも知らない彼が憎らしい。



「他の罰ならば喜んでお受け致しましょう。ですが、その要求だけはのめません」



そう言って彼の腕からするりと抜ける。
こんなこと私にとっては造作もないこと。
だけど彼は少し驚いているように見えた。
私が護衛役も兼ねていることを忘れているのかもしれない。



「彩月、」


「触れないでください」



彼が伸ばした腕を払い落とし、彼の言葉をピシャリとはねのける。



「私は貴方を愛することはできません」







愛せないから触れないで
(好き、本当は)
(だけど私たちは敵だから)


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