「起きなさい小暮」
「ってえ!」

頭に強い衝撃が走り飛び起きた。叩かれた部位を押さえて顔をあげると呆れた顔の千里が立っていた。

「人の家に押し掛けて ミ ノ リ のお菓子を食べにきたかと思えばいつの間にか寝落ちして…。貴方に礼儀と言うものはないのですか」
「他人に使う礼儀はある。ただお前らの前くらい楽にいたいだろ」

ああ、俺は寝てたのか。本当、いつの間に。
はは、と誤魔化すように笑ってやれば千里はため息をついた。

「わざわざ ミ ノ リ がおかわりのお菓子まで出してくれたのに…」
「…千里、お前さっきから矢鱈にミノリを強調するな」
「当たり前です。本当は貴方なんかにあげたくなかったんですからね」
「俺なんかとはなんだよ。それよりおかわりは」
「もちろん私が食べましたが」
「てめっ!」

素面で言ってのける奴に腹がたつ。俺だってミノリの作る菓子はうまいから好きなんだよ。

「あ、そういえばミノリは?」

気づけば話題の張本人がいない。俺らが言い争いを始めると必ず止めにはいるのに。

「もう帰しましたよ。遅くなって変質者にでも襲われたら困りますし」
「ならお前がついていけばよかっただろう」
「そうしようとしたら彼女の手持ちに大層嫌がられまして」

千里は椅子を引きながら顔を歪めた。きっと花音辺りだろうなと思う。あのチラチーノはミノリに引っ付きすぎだしな。千里がぼろぼろに言われる様子が簡単に想像できる。

ああ、いいな。

「……………よかったな」
「……なんなんですか、いきなり」
「幸せだろう」

千里は訝しげに眉を潜めた。…何も裏はねえよ。

「人間だが、思いが通じて」
「…ええ、そうですね」

ふっと千里の顔が緩む。俺もエリサといるときはこんな顔をしていたのだろうか。そう考えると段々虚しくなっていた。あのとき、とただ後悔が募る。

「邪魔にして悪かったな。そろそろ帰る」

奴の顔を見ずに席を立つ。今俺は相当情けない顔をしてるはずだ。

「………小暮」
「なんだ」
「好きなように、するのがいいんじゃないですか?」
「…そうだな」

また来る、と笑って奴の家を出る。いつもなら嫌そうな顔をしながらも見送るのに、今日は何の声もかけなかった。

「あんな初な奴に言われるとはねえ」

すましてるくせにどこか鈍い奴に恋愛観を語られるなんて、しかも自分の心情を読まれるなんて思っても見なかった。

「なあ、エリサ」

誰もいない静かな森の中。ただ木が揺れる音がした。

「どうせお前のことだ。死んじゃいないだろう。しぶとく生きてるんだろう」

ゆっくり、歩きながら。ただの独り言のように。

「妹、救えたか?親とは分かり合えたのか?………今、幸せか?」

なあ、と何もない空に語りかける。何かが頬を滑った。

「暇になったらまた来い。お前がいなくなってから一人来るやつがいるんだがな、やはりお前の方が面白い。なあ絵もまだとってある。金だって、いらねえって言ってたけどとってある。それを引き取りに来いよ」

エリサ。


名を呼べば小さな風が吹いた。それがまるで返事のようで。
俺は静かに目を閉じた。



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