「貴方がテラキオンね」
「あ?」
いつものように洞窟で擬人化しながら寝転がっていた時、彼女は現れた。
「私はエリサ。あなたとバトルがしたいの」
真っ直ぐな栗色の長い髪で白い膝丈のプリーツスカート、淡いピンクのブラウス。そんな上品な服には似合わないくらいドロドロに汚れた、しかし元は品があったであろうパンプスをはいていた。
「ねえ、バトルしてくれないかしら」
そんな彼女の唐突な発言に頭がついていかなかった。俺は今人型を取っているのだ。そんな生身の人間に何を言っているのか。まあ言っていることは間違ってはいないのだが。
「おあいにくさま、俺はただの人間だ。あんたの検討違いだね」
バトルの気分ではなかったし、人間と関わるのは面倒臭い。だから断ったのに彼女は帰ろうとしなかった。
「嘘よ」
「は?」
「嘘、あなたはテラキオンよ。擬人化していることくらいわかるわ」
彼女は真剣な眼差しでそう言った。俺はのそりと起き上がり彼女に尋ねた。
「根拠は」
「まずこんな洞窟にそんな薄い着流し一枚で、しかも裸足で寝てるなんて常人はしないわ」
「そんなものか」
「そうよ。……あとは、雰囲気かしらね」
「雰囲気?」
「ええ。伝説に語り継がれるだけある、その堂々とした雰囲気」
彼女は真剣そのものだった。その言葉の節々からバトルへの熱が感じられた。
「で、そろそろ元の姿を見せてくれないかしら」
しつこい、と思った。しかし彼女には俺の意見を聞くつもりはなさそうだった。しきりに左手でベルトについているボールを触るのだ。はあ、と一つため息をついた。そして姿を変える。
『貴様のような小娘に見せてやる義理はないのだがな』
「ありがとう。そんな小娘にやる気を見せてくれて」
にやり、と彼女は挑発的に笑った。これが、俺とエリサの出会いだった。
***
「はあ…はあ…」
『……威勢のわりには大したことはないな』
バトルは俺の圧勝。彼女の手持ち5体は中々育てられているようだったがやはり伝説を語る俺には勝てなかった。彼女は悔しそうにザングースをボールに戻した。
『そいつは出さなくていいのか』
彼女のラスト、6つ目のボールがガタガタと揺れていた。しかし彼女はそのボールを優しく押さえた。
「この子はまだ捕まえたばかりなのよ。貴方相手には何もできないわ」
『そうか』
少しだけ、どんなポケモンなのか気になった。きっと彼女に似て威勢だけは良いに違いない。他の手持ちたちがあっさりやられていったのに実力の劣る自分を出せとトレーナーにアピールしているのだから。
「やっぱり、強いわね」
「舐めていたのか?」
もう一度人型に戻りその場に胡座をかく。彼女は目を細めて笑った。
「いいえ?ただ、自分の力を過信していただけよ。チャンピオンに勝てたから調子に乗ったのね」
その言葉に俺は目を見開いた。確かに実力はあると思ったがまさかそこまでとは。この娘は見た目に反し意外とバトル狂なのかもしれないと思った。
「経歴は立派だな」
「ありがとう。…でも、まだまだね」
「そう思うのは俺に負けたからか」
「ええ。自分がただの勘違いだって分かったわ。私はおごってた」
ごめんね、と言って彼女は腰のボールを撫でた。どのボールも静かに揺れた。
「変にへこむな。お前は強い」
「え…?」
「確かに俺には敵わなかった。だがどいつもよく育てられてる。だからへこむな。そんなへこんでる暇があったらそこら辺にいる奴と片っ端からバトルしてこい、小娘」
「……私はエリサよ」
俺の励ましかわからない言葉に彼女は笑った。どうやら図太い神経の持ち主のようだ。ああ声をかけたものの、実際はへこんでなどいなかったかもしれない。
「また来るわ。その時はバトルしてちょうだい」
去り際に彼女はそう言った。俺はいつもなら面倒で嫌がったはずなのに、このときは何故か「勝手にしな」なんて彼女に吐き捨てたのだ。
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