その日はなんか知らんけどすごいイライラしとった。…ああ、あの勘違い女が原因じゃったかの。「なんであたしに構ってくれないの?」じゃないわ。部活から帰ってきてお前さんとどうでもいいメールなんかやっとる体力残っとらんのじゃ。まあそう言ったら泣いて鬱陶しかったから別れを切り出したんじゃ。まだ引っ付いてきたけど「うざい」っていって突き放した。
その後じゃな。みょうじに告ったのは。っても暇潰し感覚。仲は悪くなかったしあいつもあっさり承諾した。「あたし性格悪いし我儘だからね」って言ってたけど別にすぐに別れる予定だったから気にしなかった。
筈だったのに。
今はもう1ヶ月経っていた。
***
「ブン太唐揚げもーらい!」
「あ、幸村くん返せよい!」
屋上にてテニス部で仲良く食事中。いつも通り幸村はブン太のおかずを奪っていた。
「ブンちゃん俺にもくんしゃい」
「誰がやるか」
「ていうかなんで仁王コンビニ弁当なの。彼女いるんだから作ってもらったら?」
「あー…」
なぜ今その話題を振りよった。赤也が顔輝かせ始めたじゃろ。くそっ。
「先輩もう彼女できたんですか!?」
「この前別れたあとすぐに作ったんだって」
「この前って1ヶ月前っすよね?え、まだ続いてるんすか!?」
「…なんか文句あるんか」
「だって1ヶ月って仁王にしたら長い方じゃん」
「うっさいわ」
「でもうまくいってないんだろ?」
ぴたり、と弁当を食べる箸を止めた。本当こいつはなんでそこまで知っとるんじゃ。
はあ、とため息をついたとき屋上のドアが開く錆びた音がした。
「まーた呼び出しかなあ」
俺たちのいる場所は扉からは死角になっていて見えん。そのせいか誰もおらんと思って呼び出しなどが頻繁に行われてたりする。大体が俺ら関係。どうせ今日もそうだろうと耳を傾けた。
「聞いてるの?」
「聞いてるよ。仁王とあたしが付き合ってるのが気にくわないんでしょ」
「分かってるならさっさと別れてよ」
…おい、みょうじかよ。この話題の中お前さんが来たか。
「仁王、いいの?」
「何がじゃ」
「彼女さんの助け行かなくていいんすか?」
「あいつなら大丈夫じゃろ」
そう言って飯を食う。
みょうじは何だかんだ人付き合いがうまい。当たり障りなく面倒事をかわしていくのだ。だからどうせ口でどうにか丸め込むと思った。だけど、聞こえてきたのは予想外の言葉だった。
「そうだねぇ。向こうも遊びみたいだったし別れようかな」
「ふん。分かればいいのよ」
再び、箸が止まる。
あいつは今、何を言いよった。別れる、だ?
「仁王」
ふと呼ばれた声に顔をあげると幸村がまっすぐ俺を見ていた。
「……行ってくるなり」
ああもうむしゃくしゃする。
ずんずんと大股で出ていってやればケバい女共は軽い悲鳴をあげた。そんなの構わずにみょうじを後ろから抱き締めてやる。
「に、仁王くん!」
「お前さんら何の権利があって俺のみょうじにいちゃもんつけとるんじゃ?」
「あの、それは…」
「仮にこいつと別れたところでお前さんらとは付き合うつもりなんてなかよ。……俺がキレる前に消えんしゃい」
「ひっ!」
ドスの聞かせた声を出せばあいつらは涙目で出ていった。あほか、と悪態をついてやればみょうじはくすくすと笑っていた。
「なん。何が面白いんじゃ」
「キレる前にってもうキレてるじゃん」
「…そんなとこにツボったんか?」
「うん」
けたけたと笑うみょうじはよく分からん。でもその姿を見てちょっとだけほっとした。
「なあみょうじ、なんで別れるなんて言ったん?」
きゅ、と少しだけ強く抱き締めて訊ねるとみょうじは笑いながら答えた。
「だって仁王聞いてたでしょ?」
「は?」
「ああ言ったら出てくると思ったし。それに意外と仁王あたしのこと好きだよね」
何を言ってるこいつは。待て、じゃあ何もかもこいつの作戦だったんか?
「仁王っていくら暇潰しの相手がほしくても自分からは告らないし、あたしみたいな少しでも仲がいい女子は選ばない。飽きたらすぐ振るのに、ほぼ会話もないこの1ヶ月に別れ話を切り出す様子はなかった」
「え?」
「だから脈あるのかなーって思ってこの時を待ってました」
こんなにうまくいくとは思ってなかったけどね、と笑うみょうじに軽い目眩がした。
「あたしは仁王のこと好きなんですけど」
「……悔しいけど、俺もじゃ」
はあ、と本日二度目のため息を吐いたらみょうじが楽しそうに笑った。
「確かに性格悪いの、お前さん」
「褒め言葉だよ」
とりあえず額にキスしてやればみょうじは幸せそうに笑った。
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