「アクロマさん、コーヒーどうぞ」
「ありがとうございます」
彼の邪魔にならないようにデスクにコーヒーを置く。もちろんアクロマさんはこっちを見ない。ちょっと寂しい。
「失礼しました」
そう言って部屋を出る。彼は返事もしないでカタカタとキーボードを打ちながら画面を睨んでいた。
「ギギ」
「ギギギアル、邪魔しちゃダメだよ」
部屋の前のだだっ広い廊下で退屈そうにしていたギギギアルをたしなめる。ギギギアルは不満そうな声を漏らした。そうだよね、大好きなマスターに釜ってもらえないのはつまらないよね。
「ポフィン作ってあげるからおいで」
「ギギギ!」
完全に興味はポフィンに移ったようで、ギギギアルは嬉しそうにギアを回した。あたしもつい笑みがこぼれる。その時、ガチャリとドアが開いた。
「なまえ」
「あ、すみません。騒がしくしてしまって」
出てきたのは無表情のアクロマさん。そんなアクロマさんはデータや研究結果を睨んでいるときしか知らないからあたしはとっさに頭を下げた。
「いえ、大丈夫です。それよりコーヒーのおかわりが欲しいのですが」
もう飲み干してしまったのかアクロマさんは空のティーカップを差し出した。
「かしこまりました。今持ってきますね」
アクロマさんからティーカップを受け取ってキッチンまでダッシュ。彼の時間を無駄にしないためにも急ぐのだ。
というわけで超特急でコーヒーを注ぎ、これまたコーヒーを溢さないようにダッシュで戻る。
「お待たせしました」
戻ってくるとアクロマさんは何やらギギギアルと言い争っていた。ギギギアルが我慢できなくなったのかな。するとギギギアルはすいーとあたしの方に寄ってきた。
「ギギギアル、戻りなさい」
「ギギ」
「戻りなさい!」
「ギギ!」
嫌嫌、というようにギギギアルはあたしから離れようとしない。アクロマさんは眉間にシワを寄せるとボールを取り出して逃げようとするギギギアルを無理矢理戻した。
「アクロマさん、ギギギアルどうしたんですか」
「ちょっと機嫌を損ねてしまいまして。すみません、迷惑をかけました」
アクロマさんは眉を下げて笑う。そして「コーヒーありがとうございます」と言ってお盆に載せたティーカップを手に取って飲んだ。
「…やはり貴女の淹れてくれるコーヒーは絶品ですね」
「そ、そういってくれると嬉しいです…」
あまりない彼からの誉め言葉につい声が上擦ってしまう。それが恥ずかしくて手で顔を隠すとアクロマさんはクスリと笑った。
「照れないで」
そう言ってアクロマさんはあたしの顎をつかんでくい、と上を向かせた。
「あまり妬かせないでください」
「へ?」
ふっと視界が暗くなってチュ、と小さなリップ音。また視界に光が差すとにこやかに笑うアクロマさんがいた。
「もう少し待つつもりでしたがやはり止めます。貴女の無自覚はいつになっても治りそうにありませんし」
「え」
「いくらポケモンだからといってもあまり仲良くしないでください。妬いてしまうでしょう」
仮面のように貼り付けられた笑顔でつらつらと言葉を紡ぐ。
「あの、アクロマさん」
「はい、なんでしょう」
「えっと…今の話からすると、アクロマさんはあたしに好意を抱いてくださっていると」
恐る恐る聞いてみるとアクロマさんは嬉しそうに目を見開いた。
「なんと!まさか理解するとは」
「…バカにしてます?」
「いいえ?ただ貴女はこのようなことには疎いでしょう」
「う…」
否定できなくて誤魔化すようにそっぽを向く。確かにポケモン一筋だったあたしは色恋沙汰に関しては経験ゼロだ。
「ですからもう直球で行こうかと。先程のキスはまだ前座に過ぎません。これからは覚悟していてください!」
高らかに宣言すると彼は部屋に戻った。あたしはしばらく呆然としていると事の重大さに気がつきその場にしゃがみこんだ。
「ファーストキス奪われた…!」
×:×
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