「「あ」」
本を取ろうとしたら誰かと手が重なった。
反射的に手を引っ込め、相手のほうを見ればそこにはよく見知った男子生徒がいた。
「柳か」
「椿がここにいるとは珍しいな」
相違って柳はどこからともなくノートを取り出した。
言わずもがなデータノートだろう。
「私が図書室にいることなどデータになるのか?」
「さあ。どうだろうな」
ニヤリと不適な笑みを浮かべた柳に椿も挑発的な笑みを浮かべる。
「まあいい。…この本、お前が借りないなら私が借りるが構わないか?」
「ああ。それは一度読んだことがあるしな」
「また同じものを読む気だったのか」
「俺のお気に入りの一冊でな。おすすめだ」
「なら楽しんで読むとしよう」
先程までの妙に睨みあっていた空気は嘘のように穏やかなものに変わっていた。
「お前は純文学はあまり読まないと思っていたから意外だな」
「ああ…古典ばかり読んでいるからな。ただたまには嗜好を変えてみるのもいいかと」
「その結果が夏目漱石か」
「授業で夢十夜をやっただろう?あれが結構気に入ってな」
「ふ…」
ふと柳が微笑んだ。
「…なんだ」
「いや。椿も案外ロマンチストだと思ってな」
「なっ…」
ロマンチストだなどと普段言われ慣れない言葉に椿は顔を赤く染めた。
「授業で扱ったのは第一夜だったな」
対して柳は涼しい顔をしている。
「まあ俺も第一夜は好きだがな」
「は…」
「ロマンチストも可愛らしくてなかなかいいと思うが?」
「…それは自分が可愛らしいと言っているようなものだぞ」
睨み付けても柳は涼しげに笑うだけだった。
「丸井にもそれくらい可愛い反応をしてやればどうだ」
「…なんのことだ」
「弦一郎と違ってお前は聡い。自覚もしているのだろう」
「…………」
椿は思うところがあるのか気まずそうにそっぽを向いた。
「まあなんにせよ、お前の自由だからな」
柳はぽんと椿の頭を叩いたかと思うと「後悔はしないようにな」と言って軽く手を振りながら図書室を後にした。
「そんなこと分かっている」
椿は柳が去った後、独り言のように呟いて本を借りにカウンターへと向かった。
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