†千里side


目が覚めるともう外は真っ暗だった。彼女はいつの間にか帰ったようでチェストの上には小さなメモがおいてあった。横には彼女が用意してくれたのであろう水と薬がある。まだ少し重たい体を起こしてコップだけ手にとって台所へ向かう。薬は後でどこかにしまおう。恐らく、自分には効かないだろうから。ならば捨ててしまえばいいのだが、それは彼女の気遣いを無下にするようどうにも憚られた。
台所の床にある貯蔵庫を開けて水の入ったボトルを取り出す。水道も一応あるのだが、これはこの前友人が壊したのだ。コップの水を流しに捨てた。ボトルの水は後少ししかなかったのでそのまま一気に飲み干す。少し頭が冴えた気がする。

「ミノリ…」

無意識に彼女の名を呼んでしまう。彼女とはじめてあったときのことを思い出した。

迷っていた彼女に声をかけたのはほんの気まぐれだった。赤の他人と馴染むのはあまり好きではない。しかし、なんだか放っておけなかったのだ。そして声をかけて、不覚にも一目惚れとやらをしてしまった。彼女の笑った顔が可愛くて、楽しそうに話す声が好きで。だけど。

「……一目惚れなんて、バカらしい」

自嘲するように呟いて、へこむ。自分が彼女に惚れたところで何もプラスになることはない。かえって秩序を乱すだけ。だって、私は。

「立場をわきまえなさい。私はビリジオンなんですよ…!」

顔を歪めて己を叱咤する。しかし、だからと言ってこの気持ちがおさまることはなかった。ただ自分がポケモンだということに嫌気がさすばかりだった。人間とポケモンが結ばれるのなんて昔話の中だけ。そう言って諦めようとしたが、それができなくなるくらい思いは強くなっていた。
仕方なくため息をついて朝までもう一眠りしようと寝室に戻った。そして布団にもぐって違和感を感じる。何か、自分以外の甘い匂いがするのだ。

(……待て、待て待て待て)

思考が停止する。そして靄がかかったような記憶がだんだんとはっきりしてきた。

「っ!」

体のだるさなんか忘れて飛び起きた。そして自分がやらかした事の重大さに気がつき、頭を抱えた。

(発情期ですか、私は…!)

いくら熱で頭が朦朧としていたからといっても、彼女を組み敷いて一瞬だが唇を奪ったなんて。これは許される事態ではない。もういっそのこと灰になって消えてしまいたいと思った。次に会うときどんな顔をすればいいのか。いや、それよりも謝罪が先だ。いやいや、それ以前にまたここに顔を出してもらえるのか。
はああ、と長いため息をついてもう一度布団に潜った。今考えたところでこのオーバーヒート気味の頭ではどうしようもない。もうさっさと寝てしまおう。そんな結論に至って目を瞑るとやはり彼女のあの甘い匂いがして落ち着く半分罪悪感半分で中々寝付くことができなかった。



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