今日は特にすることもなくて朝からずっとゴロゴロしていた。千里さんのところに遊びにいこうかと思ったけれど、何もお菓子を作っていないし、しょっちゅう遊びにいくのも迷惑だろうと考えたのだ。しかし、あまりにも暇だったので、それに耐えられずヒメリの実を使ったパイを焼いた。焼き終えた頃には3時になろうとしていて、ちょうどいいおやつの時間だと思って食べようとしたらライブキャスターが鳴り出したのだ。誰だろうかと思えば相手はまさかの小暮さん。小暮さんは「千里のバカが風邪を引いたらしいから見舞ってやってくれ」と言った。「小暮さんは行かないんですか?」と聞こうとしたがその前に電話が切れた。言い逃げされた。はあ、とため息をついて机を見るとまだ温かいパイがある。病人にパイは重いかな、と思ったけれど何もないよりはいいだろうと判断し、籠にいれた。それと風邪薬、水の入ったペットボトル、タオルをも入れる。
そして私は今、千里さん宅の玄関の前で立っています。

「千里さーん。大丈夫ですかー?」

さっきから呼び掛けているが出てくる様子は全くない。どうしようかなと考え込んでいると家の中でガタン!と大きい音がした。それから少しするとドアが開いて、顔を赤くして深緑の着流しを着た千里さんがたっていた。

「小暮は…」
「小暮さんなら私に見舞うように電話してきたんですけど」
「…全く、あれは本当に」

千里さんは沈痛な面持ちでこめかみを押さえる。そしてあたしに向き直った。

「すみません。今日はお引き取り願えますか?ご存知の通り風邪をひいているのでうつっては困りますし」
「ダメです。今日は帰りません」

あたしの言葉に千里さんは目を真ん丸に見開いた。だってあたしに風邪がうつることよりこんな状態の人を一人にする方が危ない。それに。

「さっきの物音、千里さんが倒れた音ですよね?」
「…聞こえてましたか」
「はい。だから今日は落ち着くまでいます。一人じゃ危ないです」
「…わかりました」

どうやらあたしが折れるつもりは全くないのがわかったようで千里さんは「どうぞ」と家の中に招き入れてくれた。

「じゃあ千里さんは寝ていてください。あとで薬は持っていくので。あと台所にパイをおいておくので調子よくなったら食べてくださいね」

さっさと捲し立てて千里さんを寝室に追いやった。そして台所にパイをおいてひとつコップを取り出す。水道はあったが蛇口をひねっても何故か水が出なかったので持ってきた水を注いだ。そしてその水でタオルを濡らす。急ぎながらもあまり物音を響かせないように寝室にはいると、寝ていた千里さんは起き上がった。若干、先程よりも息が荒い。あたしはベッドサイドのチェストにコップと薬を置いた。

「千里さん、タオル濡らしてきたんでおでこに置いて冷やしておいてください」
「…………」
「…ぅわ!?」

ぐん、と強い力で腕を引かれたかと思うと、視界には天井と千里さんがあった。

「ミノリ…」

あ、初めて名前を呼ばれた、何て思ったのも束の間。一瞬唇に柔らかい感触がした。

「…え?」

そのまま千里さんはあたしに倒れ込んで肩口に顔をうずめた。すーすーと少し苦しそうな寝息が聞こえる。

「…千里さん?」



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